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「ただいまぁ」
「あ、真お姉ちゃん!」
部屋を出て階段を下りて見てみると、確かに真お姉ちゃんで。
大きな荷物をたくさん背負っていた。
「おっ、ルウェ~。いてくれたんか~」
「うん!」
「ちょっと待ってな。先に戻っといて」
「うん」
真お姉ちゃんはガタガタと荷物を下ろすと、靴を脱いで奥の方へ歩いていった。
…言われた通り、先に戻っておくんだぞ。
階段をまた上がって、柚香の部屋に入る。
「真さんだったの?」
「うん」
「真さん、何してるの?」
「うがいでもしとるんとちゃうかな」
「そうなんですか?」
「風邪の予防やろ、たぶん」
「ふぅん」
と、階段を上がってくる音がした。
廊下を歩いてきて、戸が開く。
「ただいま」
「おかえりなさい。お姉ちゃん」
「どう?調子は」
「長之助が、人がおらんとこやったら連れ出してもええってさ」
「へぇ~。良かったな、柚香」
「うん。お薬も減ったんだよ」
「ほぅ。良かったな、柚香」
「ふふふ。言ってること、さっきと同じだよ」
「ありゃ?」
「真お姉ちゃん!これ!」
「ん?なんや、これは」
「ヤクゥルの飴なんだぞ!」
「すみません…。結構余っちゃって…」
「おぉ、ほぅか。いくらでももろたろ。おおきにな、ルウェ」
「えへへ」
お兄ちゃんが言った通り、真お姉ちゃんはまた抱き締めてくれた。
大きく息を吸い込むと、今度は何かが燃えたような匂いとススの匂いが。
真お姉ちゃん、いつもススの匂いがするんだぞ。
「ウチ、なんかええ匂いするか?」
「ススの匂いがするんだぞ」
「えぇ~。ススかぁ」
「お姉ちゃんが、お仕事を頑張ってる証拠だよ」
「へへっ。そう言われると照れるなぁ」
「ほんで、ルウェのはどんくらい出来たん?」
「予定通りに出来てるよ。あ、せや。ルウェは、名札にどんな紋章入れてほしい?」
「ヤゥトの紋章!」
「白き獣か。よっしゃ、分かった。それにしても、ヤゥトなんて、またえらい渋いところにいくなぁ。山越えて森抜けて」
「ルウェは、ヤゥト出身なんです。ついこの前に発ってきたばっかりで」
「へぇ~。ヤゥト出身かぁ。じゃあ、将来は旅団天照に入んのか?」
「旅団アマテラス?」
「ありゃ?知らんか?ヤゥト発祥の"治安維持認定"旅団や」
「えっ、そうなんですか?」
「ヤゥトの自警団は有名やろ?あれが元祖」
「へぇ~。初めて聞きました」
「ウチも旅団員から聞いた話やからな。でも、よう考えたら旅団天照の紋章も白き獣やろ?」
「あ、そういえば」
「まあ、そういうことらしいで」
旅団アマテラス…。
どんな旅団なのかな。
クーア旅団みたいな、楽しい旅団なのかな。
「よっしゃ。真も帰ってきたし、オレらも帰ろか」
「え…。帰るの…?」
「ルウェ、哀しい顔しちゃダメ。お別れは、次また会うためにするんだから。お別れしないと、次また会えないでしょ?」
「うん…」
「だから、哀しい顔しちゃダメだよ?」
「うん。ごめんね、柚香」
「ルウェは良い子だね」
「えへへ」
(ボクも~)
「ルウェは良い子。二人ともね」
(ん~)
柚香に撫でてもらった。
…お別れは、次また会うためにする。
じゃあ、
「また来るからね、柚香!」
「うん。またね」
柚香をギュッと抱き締めた。
柚香の温かさと、あの生きてる音が伝わってきた。
お別れしたから、また会う。
柚香との約束、なんだぞ。
あちこちから良い匂いが漂ってくる。
夕飯が食べたいと、お腹の虫が鳴き始めた。
「腹減ったなぁ」
「そうですね」
「なんや、怒っとるんか?」
「いいえ」
「腹減って機嫌悪いだけか」
「………」
望はそっぽを向いて、不機嫌そうにバタバタと尻尾を振る。
それを見て、明日香は退屈そうに欠伸をして。
「はぁ…」
「イライラしたら、余計に腹減るだけやで」
「ふん」
「ふふ、困った娘やのぅ」
「………」
「ほんなら…」
お兄ちゃんは懐から何かの袋を取り出して。
それを望に渡した。
「干飯や。食いすぎんなよ」
「………」
「ホシイイってなんだ?」
「乾かしたご飯やな。まあ、オレのは特製の干飯やけどな。ちょっと食うてみ」
「望、望。ちょっとちょうだい?」
「干飯はお腹が膨れるから…これだけ」
袋からカラカラになったご飯粒を取り出して、手の平の上に置いてくれた。
置いてくれたけど…
「…三粒?」
「美味しい夕飯が食べられなくてもいいなら、もっとあげるけど」
「うぅ…」
「諦めろ、ルウェ。それが妥当な線や。それと望は、機嫌悪いからゆうてルウェに当たるな」
「当たってません」
「自覚ないんが一番あかんぞ」
「………」
お兄ちゃんに怒られて、望の尻尾はシュンと垂れてしまった。
ちょっと落ち込んでるみたいだけど…まずはホシイイ、なんだぞ。
「ん!なんか美味しい!」
「なんかってなんやねんっ!」
「あ、ホントだ。美味しい。味ご飯ですか?」
「せや。普通のご飯だけやと、ちょっと味気ないからな。おかずもいらんようにしたある」
「確かに、これだとおかずはいりませんね」
「まあ、それだけで生活出来るんは三日が限度やけどな。さすがに飽きるし。要するに、食料が尽きたときの繋ぎや」
「へぇ~。私も作っておこうかな…」
「割と簡単やしな。備えあれば憂いなしや。…まあ、望はその辺の野草でも味付けなしで食えるみたいやけどな」
「そんなこと…あっ!」
「なんや」
「塩、買うの忘れてた…」
「また明日買やええやろ。大声上げるほどのもんでもない」
「あ、すみません…」
「…機嫌は直ったか?」
「え?あ…はい」
「よっしゃ。ほなら、また機嫌悪くならんうちに、宿に戻ろか」
「はい!」「うん!」
一粒残った干飯を明日香にあげると、一瞬で食べてしまった。
…ちゃんと味わったのかなぁ。
ともかく、早く帰って夕飯、なんだぞ!




