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「ちょっと、ルウェ、速いよ…」
「そうかな?」
「追い掛けてたときは、そうでもなかったのに…」
「ルウェは、足が速いのだな」
「そんなことないと思うけど…」
「えっと、薫と契約してるんだよね?」
「うん。まあ」
「では、そのせいかもしれんな。契約の見返りとして、私たちの力の一部を貸している…という話は聞いたことはあるか?」
「うん。何回も」
「単純な割合で表すことは出来ないが、貸すことの出来る力の強さは、個々人でだいたい決まっているんだ。力の大きな者ほど、貸すことの出来る力の強さも大きくなる。まあ、全てを全幅の信頼を寄せて貸すかどうかはそれぞれの自由である、ということになったし、契約主自身も私たちの力を全て引き出せるとは限らない。それに、契りの証人を持っていなければ、引き出せる力も弱くなるしな」
「薫との契りの証人は、そのクルクス織りの羽織りだよね?」
「えっ?うん。薫が、渡すのを忘れてたって。ベラニクで契約したのに、渡されたのはルロゥだったんだけど」
「契りの証人を渡すかどうかも個人の自由となっているが、今は斡旋者か聖獣からの紹介がなければ契約出来ないということになっているから、信頼の置けない者とはそもそも契約しない、ということで、最初から渡す者もいるな」
「ふぅん…」
「力は充分に引き出せないが、義務ではないため、渡す必要もない。しかし、忘れていたということなら、渡す気はあったということだな」
「うん」
「私たちアスカの契りの証人はね、お財布なんだよ。商売繁盛、もーかりまっかーってね」
「ぼちぼちかな」
「明日香お姉ちゃんは、望には渡してあるの?」
「………」
「あっ、そう…」
「お財布なら、望、持ってるけど」
「そりゃ、旅には必要不可欠だからね。…どんなお財布だった?」
「えっ?えっと…」
「これこれ。明日香が秘密と言うのなら、それ以上詮索するな。どんな財布でもよいではないか。明日香が渡したかどうかも」
「えー。…まあいいや。私たちの財布にはね、必ずアスカ紋ってのを入れないといけないんだ。望の財布にアスカ紋が入ってたら、契りの証人かもね」
「どんな模様なの?」
「ふふふ。秘密だよ」
「えぇ…」
気になるんだぞ…。
でも、望のお財布、どんな模様が入ってたかな。
何回も見てるはずなのに、よく思い出せない。
「………」
「あ、休憩終わり?」
「………」
「どうしたの?」
「やーやー、みなの衆。苦しゅうない」
「あ、ナナヤ。凛も」
「ナナヤ?」
「うん」
「おっ。凛の言った通りだね。ルウェと、明日香と、黒い狼と、雀」
「黒い狼は那由多で、雀は銀太郎だ。まだ契約はしてないがな、那由多はゆきねぇと、銀太郎は私とする予定だ」
「へぇ。…銀太郎って、雀なのに大した名前だね」
「銀シャリよりかはいいとは思わないか」
「わっ、カイトみたいな話し方。でも、可愛いね」
「………」
「那由多も初めまして。可愛いね」
「か、可愛い…かな?」
「うん。ナデナデしてあげたいくらい」
と言いながら、もう撫でている。
那由多はフラフラと尻尾を振って、ご機嫌さんみたいだった。
「えへへ、モフモフ。…それで、何してたの?」
「訓練!狩りの!」
「へぇ。狩り?なんで?」
「雪葉といつか旅に出るとき、自分たちだけでも食べていけるようにかな」
「あはは、そうなんだ。まあ、兎くらいは捕まえられるようになっといた方がいいかなぁ」
「うん。だから、訓練してたんだ。明日香お姉ちゃんに教わって」
「ふぅん。明日香にねぇ」
「そうだよ。今は、組になって、連携して狩りをする練習」
「組?誰と?」
「ルウェとだよ」
「へぇ。ルウェも狩りの練習してるんだ」
「うん。那由多の付き合いで」
「ふぅん。でもさ、やっぱり組むんだったら、人間よか、こっちの方がいいんじゃないかな」
言いながら、指を鳴らす。
…その前から、もう電気がパチパチ音を立ててたけど。
一際電気が強く走ったかと思うと、次の瞬間には、雷斗と蓮華がそこにいた。
「…テムカは、相変わらず派手好きであるな」
「カタラは相変わらずちっこいねぇ」
「雀だからな」
「わっ、テムカだ!初めて見た!初めまして!那由多って言います!」
「初めまして。私は蓮華。…私は、アスカはたくさん見てきたけどね」
「誰も聞いてないけどな」
「むっ。雷斗のくせに生意気な」
「ふん」
「へぇ…。格好いいなぁ…」
「えへへ、そうかな。嬉しいね、そう言ってもらえると」
「でも、水は雷と相性が悪いし…」
「あ、そんなのあるんだ。何?ビリビリ痺れるから?」
「そんなかんじかな。まあ、属性の相性だけだから、水と雷の仲が悪いとか、そんなんじゃないよ。私も、アスカの友達はたくさんいるし。闘いになったとき、雷は水に有利ってだけ」
「ふぅん…。じゃあ、雷が苦手なのは何なの?」
「んー、土かな。土は雷自体が全く効かないしさ。にっちもさっちもいかないんだよ。水に対する雷と同じ」
「へぇ…」
「相剋の関係っていうんだけどね。木火土金水を中心にして、いろんな属性が、いろんな相性を作ってるんだ。相性の悪い組み合わせもあるけど、もちろん、相性の良い組み合わせだってあるんだよ。それは、相生の関係っていうんだ。あいおいって書いて、そうじょう」
「ふぅん…。相生って、たとえば?」
「たとえば、雷は金と特に相性が良いね。金は雷の力を増幅してくれるから」
「ゴン…?狐?ごんぎつね…なんつって」
「金は、つまり、金属のことだよ。クーアって狐の聖獣もいるし」
「いるんだ…」
「クーアって、七宝なんだぞ」
「えっ、へぇ、そうなんだ。じゃあ、七宝と蓮華たちが組めばいいんだね」
「七宝がどれだけ闘えるかは分からないけど、そんなかんじ。まあ、金は水と相性が良いから、雷から金経由で水までいくなら、雷と水の相性が悪いとは言いにくいんだよね。そうやって、複雑に絡み合って、大きな網になってるんだよ。そう考えれば、相性の悪い属性なんてないってことになるでしょ?」
「ふぅん…。裏返して、相性の良い属性なんてないってことは考えられないの?」
「そういう嫌な考え方はしないの!それに、相剋の関係は打ち消せても、相生の関係は打ち消せないから。水は火に強いけど、水は木を育み、火は木を燃やして土に栄養を与え、土はその中に金を抱き、金はその身に水を生じさせる。そして、水は木を育てて…って、順繰りに回っていくんだ。水も、木を通れば火を生かしてることになる。同じように、雷が金を通って水を生かすとしても、水が金を剋したり、金が雷を剋することはない。みんなが誰かを生かし、誰かに生かされ、そして、大きな輪の中にいるんだ。…ね、私、いいこと言ったでしょ?」
「…最後ので台無しだよ」
「えぇー」
「わざと?」
「わざとじゃないよ」
「じゃあ、相当な天然だね…」
「えぇ…」
何が天然なのか、よく分からないけど。
でも、ナナヤは呆れ顔で。
雷斗と那由多もクスクス笑ってる。
…それを見たら、なんだか、本当にみんなが大きな輪の中にいるってかんじがする。
ううん。
本当にいるんだよね。
そう考えるのが、一番幸せだから。




