334
「はぁ…」
「ほら、もう…。またため息ついて…」
「だって、のぞみに酷いこと、言ったのかもしれないんだぞ?」
「だから、そんなことないって」
「自責の念に駆られるのは分かるが、後ろ向きに考えても、何も前に進まないぞ」
「じゃあ、何を考えたらいいんだ」
「過ぎた話は仕方ない。いくら考えようとも、出てしまった結果は変わらない。それなら、どうしたら解決出来るかを考えればよいのではないか?仲直りする方法を」
「のぞみはきっと赦してくれない…」
「それは、やってみないと分からないだろう。やる前から結論付けてしまうのは、一番やってはいけないことだ」
「………」
凛はジッと黙って、そっぽを向いてしまった。
銀太郎も、それ以上は何も言うことはなくて。
「………」
「はぁ、はぁ…」
「それにしても元気だねぇ、あの二人は」
(那由多お姉ちゃんは、バテバテだよ?)
「それはそうだけど…」
「………」
「えっ…?ま、まだ行けるもん…」
「…ワゥ」
「うぅ…。分かったよ…」
「なんだろ」
「休憩だと思うんだぞ」
「まあ、うん」
二人が、こっちに向かって歩いてくる。
那由多は、木陰に着くなり、またぐったりと横になって。
強がってたけど、やっぱり疲れてたんだ。
「はぁ、はぁ…」
「お疲れさま」
「厳しいんだもん、明日香お姉ちゃん…」
「そうだねぇ」
「でも、楽しい」
「そっか。よかったよかった」
「………」
雪葉に撫でてもらって、那由多は満足そうにため息をつく。
明日香は那由多の横に座って、川の方を見ていた。
たまに、那由多の顔を尻尾で叩いてるけど。
「明日香、それ、楽しい?」
「………」
そう聞くと、こっちを向いて、首を傾げる。
それから、また川の方に顔を戻して。
「何かやってたの?」
「うん。遊んでた」
「明日香が?」
「うん」
「へぇ。意外だなぁ。何してたの?」
「えっ?それは…」
「………」
「あはは」
「わっ、何?那由多が壊れた」
「あはは。ううん、違うよ。明日香お姉ちゃんにね、コツを教えてもらったら、なんかすごく上達した気になるんだ。まだまだなんだけど。でも、それを思い出したら、嬉しくなって」
「ふぅん…。なんか、走り回ってたようにしか見えなかったけど…」
「全然違うよ。…全然知らなかった。あんなに楽に走る方法があるなんて」
「お父さんとかお母さんには教わらなかったの?」
「えっ…。む、無理だよ、お父さんとお母さんには…」
「なんで?」
「…雪葉」
「え?何?」
「………」
「那由多」
「うん…」
「…そうか。では、雪葉。お前に、ちゃんと話しておこうと思う。契約してからの方がいいと思ったのだが…ちょうどいい機会だ」
「うん…」
今までとは雰囲気が変わる。
何か、真剣な話なんだと思うけど。
明日香も、いつの間にかこっちに向いて座っていて。
「…那由多は孤児だ。カタラの集落のひとつで育てている。私の集落ではないのだがな」
「孤児?」
「そうだ。…棄てられたのだよ、親に」
「えっ…。棄て子ってこと…?」
「そのようなものだ。私たちカタラは、そういう子たちを保護し、育てる活動を行っている。…そして、ある日、集落の前に棄てられていた赤子が、那由多だったというわけだ」
「そんな…」
「………」
「他にも狼の孤児はいるにはいるが、みんな、同じ孤児なのでな…。教えるべき親もおらずに育ったために、本来教わるべきことを教わることもなく、今まで来た」
「違うもん、それは!」
那由多が、疲れているだろうに、身体を起こして声を張り上げる。
明日香がすぐに抑えたけど、那由多は興奮しているみたいで。
「ボクは、いっぱい教わってきた…。村のみんなに…家族のみんなに…。生みの親は知らないけど、育ての親…お父さんもお母さんもいるもん…。何も教わってないことなんてない…。いっぱい、いっぱい、教えてもらったんだもん…」
「………」
「だから、そんな言い方はしないで…」
「…すまなかったな」
「なんで、謝るのよ…」
「………」
「ふん。同じじゃないか、私たちも」
「えっ…?」
ずっと黙っていた凛が、話し始める。
しっかりとした目で、那由多を見つめて。
「私たちだって孤児だ。私は、戦で親が死んだらしいが。でも、同じだ」
「凛…?」
「なゆた。なんで、そんなに哀しい目をするんだ?村のみんなに、家族のみんなに、いっぱい、いっぱい教えてもらったんだったら、それでいいじゃないか。私だって、ゆきねぇにも、いっとうにも、りゅーまにも、他のみんなにだって、たくさんのことを教わった。親…生みの親にしか教えてもらえないことだって、もしかしたらあるかもしれないけど、でも、私には、そんなの必要なかった。みんなに教えてもらった、大切なことがいっぱいあるから。なゆたも、そうなんじゃないのか?」
「うん…」
「じゃあ、そんな顔をするな。親がいないことなんて、ちっちゃいことじゃないか。私たちには、私たちにしか分からないことが、たくさんあるんだ。他の誰にも分からないそれを、素直に喜ぶんだ」
「…うん。分かった」
頷くと、那由多の表情が穏やかになって。
落ち着いたみたい。
明日香も、またいつの間にか、川の方に向かって座っていた。
「ふん。まったく、手間の掛かる狼だ」
「ご、ごめんなさい…」
「ふふふ。凛ってば、いい格好しいだもんね」
「どういう意味だ、ゆきねぇ」
「どういう意味かなぁ」
「………」
「…でも、格好よかったよ、凛」
「う…むぅ…」
雪葉に撫でられて、少し照れてるみたい。
ほっぺたを赤くして、そっぽを向いてしまう。
…でも、格好よかったのは本当だから。
自分たちにしか分からないこと。
それを知ってることを、素直に喜べばいい。




