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「どうしても欲しいものがあったら」
「えっ?」
「どうする?」
「誰?」
「手に入らないものを望むとすれば、あなたはどうする?」
「…分かんない」
「分からないよね」
「………」
「それが正解なのかもしれない。あるいは、正解なんて、ないのかもしれない」
「ねぇ、何なの?」
「手の届かないところにあるものは…」
手を伸ばして、掴もうとする。
だから、自分も手を伸ばして。
…でも、あともうちょっとで届かなくて、すり抜けてしまう。
「届かないのは、あなたなのかもしれない」
「自分…?」
「どれだけ手を伸ばそうとも、届かないもの」
「…誰が、自分を求めてるの?」
「近くて遠い。手を伸ばせば届くのに、届かない。でも、それは、もしかすると、触れるのが怖くて、自ら遠ざけているからなのかもしれない」
「ねぇ、何の話…?」
「何の話なのかな。それは、あなた自身が見つけること」
「……?」
「じゃあ、ちょっとだけ。答えは、あなたの近くにある」
「答え…?」
「んー。答えとは、ちょっと違うかも」
「……?」
「あなたの求めるもの。あなたを求めるもの」
「…ねぇ、あなたは誰なの?」
「誰なのかな。でも、いつでも、あなたの傍にいるよ」
「傍…」
「じゃあ、またね」
「あっ、待って」
「ん?」
「………」
「そうだね…。じゃあ、もうひとつ」
「えっ?」
霧が晴れたように。
そこに現れたのは。
目が覚めた。
すぐ横に望がいて、まだ眠ってる。
顔を反対側に向けると、ナナヤの寝台で明日香が丸くなって寝ていて。
でも、ジッと見てると、目をチラリと開けて、また閉じた。
…狸寝入りなのかな。
もう一度、望の方に向いて、窓を見る。
鎧戸の向こうはまだ暗いみたいで、気付いてみれば、部屋も真っ暗だった。
「………」
もう一回、目を瞑る。
そしたら、すぐにフワフワとしたかんじになって。
また目が覚めた。
今度は、ちゃんと朝で。
望が、窓の横に座って、外を見ていた。
「…あ、起きたんだ」
「うん。おはよ、なんだぞ」
「おはよ。朝ごはん、もうちょっとで出来るって」
「うん」
隣の寝台を見ると、相変わらず明日香が寝ていた。
でも、自分が見てるのに気付くと、すぐに起きてきて。
こっちに飛び移って、顔を舐めてくれる。
「明日香、くすぐったいんだぞ」
「仲がいいね、朝から」
「仲がいいの、これって…」
ちょっと舐めすぎだから、明日香を遠ざけて。
それから、ベトベトになった顔を、手で拭いて。
「あはは。顔、洗いに行こっか」
「うん…」
明日香の方を見ると、少し首を傾げていた。
もう…。
望に渡してもらった手拭いでちゃんと拭いてから、一緒に部屋を出る。
そしたら、明日香もついてきて。
「朝ごはんはまだだよ、明日香」
「………」
「まあ、いいけどね」
「………」
「そういえば、望」
「ん?」
「昨日、なんで泣いてたの?」
「えっ?な、泣いてなんかないよ?」
「ホントに?」
「ホ、ホントだよ」
「じゃあ、いいけど…」
「………」
でも、そうだとしたら、なんでナナヤたちはあんなことを言ったのかな。
ううん…。
望は、確かに泣いてたんだぞ。
たぶん、自分を心配させちゃダメだって思ってるから…。
「おぅ。なんや、二人して」
「あ、お兄ちゃん」
「ふぁ…。連れションか?」
「もう!なんてこと言うのよ!」
「なんや、違うんか」
「違うよ!」
「ほぅか」
「はぁ…。ホントに下品なんだから…」
「ふぁ…。そういや、ルウェ」
「何?」
「雪葉とか凛とは仲良うやっとんのか?」
「うん。お兄ちゃんは、二人のこと、知ってるの?」
「いんや。話聞いただけや」
「そっか」
「まあ、なんにせよ、もうすぐ朝ごはんやから。準備しとけよ」
「うん。…あ」
「なんや」
「いつ出発するの?」
「ん?んー。まだ決めてへんけど。もうしばらく旅費も稼がなあかんしなぁ。ルウェは、いつ頃がええんや?」
「自分はいつでもいいけど、決まったら早く報せてほしいかな」
「ほいほい。分かった」
「うん。よろしくなんだぞ」
「んー」
凛にも言わないといけないからね。
早く言って、心の準備とかもして。
「ほれ。用ないんやったら、もうはよ行け」
「はぁい」
「あ、ちゃうわ、ルウェ」
「えっ?」
「何?」
「望はもう行ってええぞ」
「えぇ…。何それ…」
「お前がおったら話しにくい。さっさと行け」
「むっ。何よ、それ」
「シッシッ」
「もう!」
「いった!」
望は、お兄ちゃんを殴って、そのまま洗面所に行ってしまった。
自分とお兄ちゃんと明日香で、それを見送って。
それから、お兄ちゃんがまたこっちを向く。
「望、何かおかしなかったか?」
「えっ?何が?」
「昨日、一緒に寝てたんやろ?」
「うん…」
「なんもなかったか?」
「何も…あ、そういえば、泣いてたみたいだったよ」
「泣いてた?はぁ…。そうか…」
「ねぇ、何なの?ナナヤもリュウも、お兄ちゃんも、何か変なんだぞ」
「変なんは、望や」
「……?」
「まあ、今日一日くらい、望の近くにおってやってくれんか」
「えっ?それはいいけど…」
「すまんな」
「ねぇ、でも、何があったの?」
「オレらもよう分からん。でも…いや、よう分からん」
「……?」
「とにかく、望にはお前が必要らしいわ。…傍におったって。何があっても」
「…うん」
「すまんな。まあ、そういうことや」
「うん」
「ほんならな。出発する日決まったら、真っ先に報せたるわ」
「うん」
「望も怒っとるやろうから、はよ洗面所に行けよ」
「うん。分かってる」
「ほな。またあとで」
「うん」
お兄ちゃんは、そのまま廊下を歩いていって。
…どうしたのかな、本当に。
誰も本当のことは話してくれないけど。
でも、たぶん、何かがあったんだと思う。
何かは分からないけど…。




