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柚香は少し疲れたのか、ごめんねって言って横になると、ルウェと一緒に眠ってしまった。
明日香も日向に移動して、ぬくぬくとしている。
「真さんって、世界一の鍛冶屋なんですか?」
「ん?誰がそんなことゆうてた?」
「採掘場のおじいさんが言ってたじゃないですか」
「あぁ…あのじいさん…。あのじいさんにとって、真は孫みたいなもんやからな。ジジィの欲目や。腕がええのは確かかもしれんけど、世界一ではないやろな」
「孫?」
「あのじいさんは、ここの向かいに住んどんねん。ばあさんと一人娘はルイカミナの方に引越したんやけど、じいさんは頑固やからヤマトに残って。まあ、休みには遊びに行ってるし、手紙のやり取りとかもしとるみたいやけど、やっぱり寂しいんやろな。柚香も真も孫みたいに可愛がっとる」
「ふぅん…」
望はゆっくりと柚香の頭を撫でながら、どこか遠くを見ていた。
どこか、遠くの誰かを思い出すように。
「あ、そうだ。タルニアさんに貰ったお金、どうしよう…」
「んなもん、貰っとけって。ターニャも返してほしいなんて思とらんやろ」
「でも、お昼ごはんもここで済ませちゃったし…」
「ルウェにお菓子でもこうたれ」
「お菓子!」
「でも、ヤクゥルの飴が…」
「あぁ、真にやりゃええ。ここではヤクゥルの飴なんて滅多に手に入らんし」
「お隣同士なのに、手に入らないのか?」
「わざわざ山越えやなあかんからな。それに、ヤマトに向かう行商人がヤクゥルで飴を買うときは、道中の栄養補給のためが主や」
「ヤマトの周りの山は険しいからね」
「ふぅん」
「だから、クーア旅団みたいなデカい行商旅団が大量に持ってくるか、ルウェみたいに個人で持ってくるときくらいしか手に入らんねん」
「ふぅん。じゃあ、真お姉ちゃんに喜んでもらえるんだな!」
「せやな。ギューッて抱き締めてもらえるで」
「えへへ」
楽しみなんだぞ!
次は、どんな匂いがするのかな。
「そういえば、真さんのお店、鍛冶屋とは思えないくらいお菓子だらけでしたね」
「ああ。そこの商店街の駄菓子屋でこうて置いたあんねん。半分くらいはあの辺のガキどもが持っていっとるけどな。…まあ、駄菓子も買えん子供らのためにこうてるってのもあるんやろ」
「へぇ~、優しいんですね」
「昔の自分と同じ思いをさせたないんやろ。孤児やった頃の自分と」
「ふぅん…。真さんのこと、よく知ってるんですね」
「まあな。付き合いも結構長いし」
「でも、クーア旅団にいたことは知らなかった」
「真がちっちゃい頃の話しか聞いたことないからな」
「へぇ~」
「おんなじムカラゥ弁やし、話しやすかったんかな」
「…それだけじゃないのかもしれませんよ」
「ん?」
「なんでもないです」
うん、お兄ちゃんは頼れるお兄ちゃんだから。
真お姉ちゃんも、そう思ったんじゃないかな。
と、そのとき
「こんちは~。誰かいます?」
「ん?」
「こんにちは~」
下から誰かの声が聞こえた。
お兄ちゃんは立ち上がって、様子を見にいく。
自分も付いていって。
階段の上からこっそり覗くと、入り口のところに誰かが立っていた。
「はいはい。誰ですか」
「あ、こんちは。オイラ…じゃなくて、私、クーア旅団の者で…」
「なんや、長之助かいな」
「ん?あ、あー…誰?」
「お前と一緒に喋ってた御者代理やろがぃ。つい朝のことも覚えとらんのか」
「あぁ、御者の代理ね。思い出した。で、なんで御者の代理がこんなところにいるわけ?」
「いたらあかんのか」
「そこまでは言ってないけどね~」
「妹がここに住んどんねん。会いにきたんや」
「へぇ~。あ、話してた妹さん?柚香ちゃんに似てるなぁとは思ってたけど」
「せや。って、柚香のこと知っとるんかい」
「じゃ、あがるね~」
「待て。用件を言え」
「大したことじゃないよ」
「用件、を、言え」
「もう…。これだよ、これ」
そう言って、適当なお兄ちゃんは持ってた箱を見せる。
「薬か?」
「薬だけじゃないけどね~。往診だよ」
「はあ?お前、薬師か」
「クーア旅団ルクレィ分隊医務班班長、長之助です。以後お見知りおきを」
「へぇ~」
「っはぁ、初めて噛まずに言えた」
「どこに噛む要素あんねん!って、そんなことどうでもええから。診んねやったら、はよ診たって。今寝てるけど」
「おぅ」
長之助お兄ちゃんは、靴を脱いで階段を上がってくる。
「お、タルニアさまの腕輪。オイラも持ってるんだ~」
「うん」
「じゃあ、ちょっとごめんな~」
そう言って、長之助お兄ちゃんは抱き上げて部屋まで運んでくれた。
手首には銀色の腕輪が光っていて。
「あ、誰だったんですか?ていうか、誰ですか?」
「クーア旅団の薬師や」
「え?なんで?クーア旅団?」
「クーア旅団はねぇ、いろんなところに分隊があるんだ~。で、オイラはルクレィだけを回る分隊に所属してる」
「へぇ~」
「いつも、みんな不思議がるよ。クーア旅団って名前は知ってるけど、分隊があることは知らないからねぇ。まあ、あくまで旅団だし、一定の場所にいないのも原因かな~」
説明をしながら、箱から出した何かの一方を耳に付け、もう一方を柚香の胸に当てていた。
「何か聞こえるのか?」
「んー?聞いてみなよ」
それを付けてもらって、長之助お兄ちゃんがまた柚香の胸に端っこを当てると、トクン、トクンと、不思議だけど懐かしい音が聞こえた。
「心臓の音だね。心拍数も心音も正常。肺からも変な音はしない。いたって良好だよ」
「これ、生きてる音なのか?」
「そうだね~。頑張って生きてるよって証だね」
「へぇ~…」
「んー、他にも悪いところはないみたいだね。うん、良いかんじ」
「…外に出したっても大丈夫なんか?」
「そうだね。人の多いところはダメだけど、まあ大丈夫だよ」
「よっしゃ。またおばさんと真にも伝えとくわな」
「ん。薬も減らして大丈夫かな」
「あの…月光病は…」
「うん。月光病の薬は出してないんだ。後天性だから、症状は抑えられるんだけど」
「え…。なんで…?」
「柚香ちゃんの願いでね。理由は分からないんだけど」
「そう…ですか…」
望は哀しそうな顔をしたけど、柚香が薬を飲まない理由はなんとなく分かった気がした。
柚香はきっと…
きっと…何なんでしょうかね。