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「美味いな、このお菓子」
「あわおこしっていうんだよ」
「ふぅん」
「那由多も食べる?」
「ボクはいいよ」
「そう?」
「うん」
「そうだ、雪葉。今の機会に言っておこうと思うのだが、那由多に人間が食べるのと同じものを食べさせてはならないぞ」
「えっ?なんで?」
「ぎ、銀太郎…。今そんな話をしなくても…」
「お前の生命に関わることだろう。私は雑穀を食べていれば、ある程度大丈夫だが」
「うーん…」
「生命に関わること?」
「そうだ。では、雪葉。犬などは飼ったことはあるか?」
「ないけど…」
「ふむ…。では、最初から話すこととしようか。まず、絶対に食べさせてはいけないものがある。何か分かるか?」
「んー…」
「凛は分かるか?」
「トリカブト」
「確かに絶対に食べさせてはならないが、そんなもの、お前たちでも食べないだろう」
「うん」
「そういう当たり前の話をしているのではなくてだな。お前たちが食べられるもので、那由多が食べてはいけないものは分かるか?」
「あわおこし」
「この話を始めた切っ掛けではあるが、正解ではない」
「じゃあ、何なんだ」
「分からないか?」
「早く言え」
「…葱類だ。聞いたことはないか?」
「ないな」
「あ、そういえば、あるかも」
「葱や玉葱は、那由多たちにとって強力な毒だ。絶対に食べさせてはいけない」
「そうなんだ…」
「まあ、他にも幾つかあるが、特に注意しないといけないのはそれだ」
「ふぅん…」
「次に、毒とまではいかないかもしれないが、食べさせてはならないものがある」
「何?」
「人間用に作った料理だ」
「えっ?なんで?」
「那由多たちは、人間と同じくらい塩分を取れば、すぐに病気になったりする。人間ほど塩分は必要ないんだ」
「へぇ…。そうなんだ…」
「雪葉たちが食べるものと同じものを、那由多に食べさせてはいけない。病気に掛からせたくないのであればな」
「うん。分かった」
「まあ、だいたいはそんなところだ」
「えっ、それだけ?」
「足りないか?…まあ、狼というのは、猫とは違って雑食であるから、肉ばかりでなく、野菜も増やすとよいだろう。那由多の好みは知らないが」
「えっと、野菜も食べられるよ。好き…とまではいかないけど…」
「何がいいの?南瓜とか?」
「カボチャはいいぞ!絶対にいい!」
「それは凛の好みでしょ…。凛は、茄子を食べられるようにならないといけないけどね」
「あれは食べ物じゃない。秋ナスは嫁に食わすなということわざもある」
「また下らないことばっかり覚えて…。それに、諺じゃないしね…」
「秋茄子は美味しいから、嫁なんかに食わせるなという捉え方と、秋茄子を食べると身体が冷えるから、嫁には食わせるなという捉え方があるな」
「なんで、秋ナスは身体が冷えるんだ?」
「嫌いな割に、興味津々だな」
「なぁ、なんでなんだ?」
「茄子って水気が多いでしょ?秋は冷え込むから、茄子も冷える。冷たいものを食べたら、身体も冷えるじゃない。そういうことだよ」
「ふぅん。なんで、身体が冷えたらダメなんだ?」
「大切な子供を生む、大切な身体だからな。まあ、これは古い考えかもしれないが」
「私もか?」
「お前はまだ結婚もしていないだろう」
「私もいつか、子供を生むのかな」
「凛を貰ってくれそうな人って、なかなかいそうにないけどね…」
「それはどういう意味だ、ゆきねぇ」
「凛ってさ、ほら。気が強いところがあるでしょ?そういうのって、男の人はどう思うのかなって思うんだよ。ねぇ、銀太郎?」
「私は男ではあるが、人間ではないのでな」
「あ、そういえば、銀太郎って、奥さんとかいるの?」
「いるが」
「えぇ、そうなんだ」
「意外か?」
「うん。ちょっとね。どんな人?あ、いや、雀?」
「言い直す必要はあるのか?」
「いいじゃん、別に…」
「…まあ、私には勿体ないくらいの、出来た妻だよ」
「銀太郎が出来た妻とか言うと、現実味が薄れるよね…」
「どうしてだ」
「えっ?だって、私から見れば、銀太郎は充分出来るからさぁ」
「私なんてまだまだだよ」
「うっ…。ちょっとイヤミな謙遜…」
「ふむ…。なかなか難しいな…」
「ゆきねぇとグレンの子供って、どんなだろうな」
「グレン?」
「ちょっと、凛!」
「ねぇ、雪葉。グレンって?」
「な、なんでもないよ。うん、なんでもない」
「えっ?そうなの?」
「うん!」
「そう?雪葉の恋人かと思っちゃった」
「ち、違う!全然違う!」
「雪葉。本当に違うとしても、そんなに何度も強く否定していては、そういう関係だとも捉えられかねないぞ」
「うっ…」
「恋人同士だぞ」
「ちょっと、凛!」
「あっ、やっぱりそうなんだぁ」
「那由多!なんで嬉しそうにしてるのよ!」
「だって、嬉しいんだもん。好きな人に好きな人が出来たら、嬉しいでしょ?」
「うっ…」
「那由多のジュンシンさには敵わないな」
「どこで覚えてくるのよ、そんな言葉…」
「恋する乙女だね」
「那由多。余計なことを言わないの」
「乙女というガラじゃないな、ゆきねぇは」
「そ、そんなことないでしょ。ほら、那由多が余計なこと言うから!」
「えぇ…。私のせいなの?」
「セキニンテンカも甚だしいな」
「だから、どこでそんな言葉を覚えてくるのよ…」
「いっとうだ」
「もう…。ホントに、余計なことしか教えないんだから…」
「余計なものにこそ、必要なことが隠れているものだ。まあ、それを見つけられるかどうかは、凛によるだろうがな」
「私は、いつも発見ばかりだ」
「それならよい」
「ホントかなぁ…」
雪葉は呆れたような顔をして。
…まあ、凛が言うと、ちょっと嘘っぽく聞こえるのはそうだけど。
「…契約は先延ばしになったけどさ、それはそれでよかったのかな」
「うん。たぶん、よかったんだぞ」
「そうだね」
「那由多は、早くしたかった?」
「どうなのかな。みんなと仲良くなるのは、契約しなくても出来るからね」
「うん」
「えへへ」
那由多が横に座ると、明日香が起き上がって。
それから、那由多の横に座る。
でも、那由多がじゃれついても、何も反応しないで。
…まあ、いつも通りだけど。
みんなと喋って、楽しい時間がのんびりと過ぎていく。




