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「お待たせ。ごはんだよ」
「おぅ。ゆきねぇ、早く!」
「はいはい。凛も手伝ってよ」
「うん」
「自分も手伝うんだぞ」
「あ。ありがとね」
雪葉の持ってるお盆からご飯のお茶碗を取って、卓袱台に置く。
あと、他に乗ってたお皿もいくつか移して。
「あ、それは那由多のだから」
「えっ…?ボクの、ですか…?」
「…うん。迷惑だったかな」
「い、いえ…。嬉しいですっ」
「そう。…よかった」
「じゃあ、こっちに置くね」
「はいっ」
那由多、嬉しそう。
まあ、銀太郎の言ってた通り、ちょっとずつ距離が縮まっているってことなのかな。
凛の方を見ると、なんかちょっと悔しそうに見えた。
「銀太郎は、粟でよかった?」
「ああ。腹を満たせるものであれば、私は選り好みなどしない」
「そっか。でも、ごめんね。私たちは、これだけ食べるのに、銀太郎だけ粟なんて…」
「よいのだよ。お前たちはまだまだ育ち盛りであろう。しっかり食べなさい。それに、私たち雀は、こういうのがご馳走になるのだ」
「うん…」
「雪葉が、こうやって私たちに食べ物を用意してくれることが、一番嬉しいよ」
「ん…。だって、長い付き合いになるだろうし…」
「そうだな」
雪葉は、お盆で顔をちょっと隠すけど。
でも、赤くなってるほっぺたが、横から見えてた。
「諦めるって言ったらおかしいかもしれないけど、昨日、凛に、那由多に名前を付けろって言われて考えてたらさ、なんか、もういいかなって思えたんだ。私の知らない世界があったとしても。だって、それが普通なんだもん。私の知ってる世界なんて、私がこうやって見てる世界だけしかないんだもん。そう考えたら、すごく楽になって。まだ、ちょっとついていけないところも残ってるかもしれないけど…。だけど、決めたんだ、もう。那由多と銀太郎から始める。私の知らない世界へ、一歩、前に進んでみる」
「雪葉さん…」
「那由多。そういうわけだから、さん付けとか敬語はやめてほしいかな」
「はい…あ、うん。分かった」
「ありがと」
「えへへ…」
雪葉は、那由多の頭を撫でて。
那由多も、さっきより嬉しそうに、尻尾を振っている。
「ゆきねぇ、なゆた。もういいか?私はお腹が空いた」
「凛…。もっと、状況に応じた配慮を覚えた方がいいな…」
「あはは。いいんだよ、銀太郎。凛は、いつもの凛らしくいてくれた方が、私も嬉しいから」
「そうだぞ、ぎんたろー。ゆきねぇの言う通りだ」
「あのね、凛自身が胸を張って言うことでもないよ」
「そうなのか?」
「そうだよ」
「むぅ…」
「じゃあ、食べよっか」
「そうだな」
「お腹空いたんだぞ」
「ごめんね、ルウェ。待たせちゃって」
「ううん。大丈夫なんだぞ」
「そう?じゃあ、いただきます」
「いただきます」
それから、お昼ごはんを食べ始める。
…雪葉は、さっき全部話したのもあるのかもしれないけど、那由多と楽しそうに喋っていた。
それを見てると、銀太郎の予想も少し外れたのかなって思う。
二人とも、ちょっとずつじゃなくて、たぶん昨日、雪葉が那由多に名前をあげたときから、一気に仲良くなったみたいだから。
それっていいなって思う。
仲良くなる速さじゃなくて、仲良しになったこと。
誰かが仲良しになったのを見てると、自分も幸せになれるもんね。
お昼ごはんが終わって、雪葉の部屋に行く。
そしたら、さっきは凛の部屋で寝てたはずの明日香が、いつの間にか先回りしてて。
なんで分かったのかな。
「ねぇ、那由多」
「ん?」
「昨日、凛と銀太郎が話してた契約って、どうすればいいの?」
「えっ、契約するの?」
「その方がいいんでしょ?銀太郎の話からすると」
「ふむ。いいと言うか、私たちの力を、こちらの世界でも最大限に発揮出来るようになるということだ。そして、存在の力をさらに強く得ることが出来る」
「存在の力?」
「その話はしていなかったか」
「そう…だね。聞いた覚えはないよ、たぶん」
「まあ、良い機会だ。凛も聞いておきなさい」
「えー」
「えーではない。…存在する力というのは、その名の通り、私たちがこちらの世界に存在するための力だ。私たちは、本来は幽霊やお化けというような、精神的な存在であり、この物質世界には、精神は長く存在していられない。そこで、物質世界の住人による認識という形で、こちらの世界の力を得るのだ。そして、その力で以て、この世界に存在する。まあ、言ってしまえば、この世界の力を身体の内に取り込み、精神を物質化しているのだ。そうして、物質世界に溶け込んでいる」
「この世界の力がなかったら、どうなるの?」
「直ちに世界から弾き出されて、もとの私たちの世界に戻されてしまう」
「ふぅん…。じゃあ、もうひとつ。なんで、今はここに存在出来てるの?」
「ここにいる、というのが、そもそもお前たちが私たちを認識しているということで、そこから、ごく微量ではあるが、自分たちが存在出来る程度の力は得ることが出来るのだ」
「へぇ…」
「あとは、龍脈という、この世界の存在の力を集めたものの流れから得ている分もある」
「龍脈か…。なんか聞いたことあるな…」
「古来より、私たちだけでなく、人間たちも龍脈を感じてきたからな。本や何かの記録に書いてあったのかもしれないな」
「そうかもしれない」
「まあ、ややこしくなるので説明は省くが、私たちはさらに強い存在の力が必要なのだ。私たちの世界が存在し続けるために」
「精神世界自体も、物質世界の存在の力が必要ってこと?」
「そうだ」
「ふぅん…。じゃあ、始まりってどこにあるのかな」
「さあな。いろいろな説はあるが、それはまた今度、ゆっくりと語り合おう。今は、その話ではないのでな」
「そうだね」
「こら、ゆきねぇ、ぎんたろー。私に分からない話をするな!」
「凛。理解しようとする努力も必要だぞ。分からないことがあれば、質問をすればいい。私も、分かる範囲で答えるから」
「むぅ…」
「まあ、凛に喋らせると、横道にばっかり逸れるからね…」
「うむ。体験済だ」
「えぇ…。そうなんだ…」
そういえば、朝から全然契約の話が進んでなかったんだぞ。
結局、そのまま今になって。
いつ契約出来るのかなって思ったけど、雪葉がいれば大丈夫そう。
たぶん。
まあ、早くみんな契約出来たらいいな。




