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「それでな、ぎんたろー」
「なんだ」
「雀っていうのは、なんであんなに早起きなんだ?」
「なんでと言われても、そういうものだからとしか答えようがないのだが」
「私も早起きしたい」
「それはいいことだが、私の早起きは、私自身の性質によるものだから、その観点からは何も助言は出来ない。ただ、早い時間に寝れば、早い時間に起きられるかもしれないな」
「んー。早い時間っていつくらいだ?午の刻くらいか?」
「それは昼寝と言うんだ。早い時間というのは、夜遅くならないうち、という意味だ」
「いつくらいだ?日が沈んですぐか?」
「寝られるのか、そんな時間に」
「夜寝られなくなる」
「それでは意味がないだろう。確実に朝まで寝られる時間で、出来るだけ早い時間に寝るといい。そうすれば、いつもの時間だけ寝たとすれば、いつもより早く起きられるだろう」
「ふむ。そうかもしれないな」
「まあ、慣れないうちは難しいだろうから、少しずつ早くしていけばいい。三日ほど掛けて、八半刻ずつ早く寝るとかだな」
「そんなのでいいのか?」
「急に早めようとしても、なかなか上手くいかないものだ。焦らなくてもいいから、ゆっくりと慣れていけばいい」
「うん。分かった」
「ただ、やり過ぎで昼夜が逆転しないように気を付けろよ」
「よく分からんが、分かった」
「さて…。契約の話なんだが…」
「あの、すみません…」
入口の扉の向こうで、声が聞こえる。
開けてみると、やっぱり那由多だった。
「すみません…。失礼します…」
「なんだ、なゆた。ゆきねぇにいじめられたのか?」
「い、いえ…。ただ、まだボクに慣れていないみたいで…。あ、でも、ちょっとずつですけど、一緒にお喋りしてくれるようになったんですよ」
「何を話したんだ?」
「えっと、ボクが男か女かとか…」
「男だろ」
「あ、あの…」
「凛。那由多は女だぞ」
「でも、ボクとか言ってるぞ」
「えっと…」
「まあ、ボクというのは、もともと主に男性一人称として使われる語ではあるが、女性一人称として使われないこともない、ということだな」
「じゃあ、ゆきねぇが那由多郎みたいな名前を付けたらどうするつもりだったんだ」
「あの…。ボクは那由多郎でも構わなかったですが…。雪葉さんが付けてくれた名前なら…」
「何言ってるんだ。全然可愛くないだろ」
「あの、えっと…」
「いいではないか。ちゃんと那由多という名前を付けてもらえたのだから」
「ぎんたろーなんて、私がせっかく考えた名前に、文句ばっかり言ってたぞ」
「いや、私に稲姫と名前を付けるのは、那由多に那由多郎と名付けるのと同じだろうに…」
「忠勝も稲荷もスズメノテッポウもカカシもコシヒカリもササニシキも寿司も銀シャリも、全部ダメだったじゃないか」
「それは、お前が何の考えもなしに付けようとするからだな…」
「何も考えてないわけではない」
「その割には、名前らしからぬものも、かなり混じっているが…」
「細かいことを気にするな」
「まったく…」
「あの…」
「ん?どうした、那由多」
「いえ…。そういえば、ここに入ってくる前、扉越しにお二人が話しているのが聞こえたものですから…。お邪魔しちゃったかなと…」
「いや。そんなことはない。それに、お前が言ってくれなければ、また横に話が逸れてしまうところだった」
「えっと…」
「どうした」
「いえ…。すでに逸れてたような気もしたので…」
「ふむ。それもそうだな」
「でも、お前、ちょっと暗いな。もうちょっと明るく話せないのか」
「これ、凛」
「いえ、銀太郎さま…。事実ですので…」
「しかしだな…」
「もっとはっきり話せ。相手の目を見てだな」
「えっと…。努力します…」
「そんなんじゃダメだ。ほら、練習してみろ」
「えっと…。あの…」
「凛。那由多が困っているだろう」
「じゃあ、ぎんたろーはこのままでいいと思ってるのか?」
「そういうわけではない。しかし、これも時間を掛けて、ゆっくりと修正するべき問題だ。お前の早寝早起きと同じようにな」
「もっと積極的に話さないと、ゆきねぇもいつまでもあんなだぞ」
「それは分からないだろう。少しずつではあるが、着実に進んできているではないか。那由多と名付け、些細なことではあるが会話もして。口五月蝿く詰め寄られると、余計に心を閉ざしてしまうということもある。お前にはお前なりの考えがあるのかもしれないが、それがいつも正解とは限らない。いろんなやり方があるのだよ」
「仲良くなりたいんだったら、もっと近付かないとダメだろ。部屋の隅と隅にいて、どうやって仲良くなるんだ」
「だから、それはお前の考え方であろう?もうはっきりと言ってしまえば、そのやり方は、雪葉と那由多の関係に於いては間違っている。私たち聖獣を信じられない雪葉に、積極的に関わろうとする者を当てがえば、雪葉は余計に距離を離そうとしてしまうだろう。那由多のように、少し内気で、ゆっくりじっくり関わっていこうとする者の方が、厚い壁にヒビを入れ、崩してしまえるというものだ。そうなれば、積極的な者とも関わりを持てるようになるだろう。順序立ててやっていくことが大切なんだ」
「そんなの、やってない方がどうなるかなんて分からないじゃないか。やる前から出来ないと決めつけるのはおかしい」
「それもそうだが、考える力を持つ者なら、直接その事象を経験せずとも、似た事象とその結果を組み合わせて、それがどうなるかという予想は立てられる。実際どうなるかというのは、実際にやってみないと分からないというのは確かだが、不利益を生む可能性があると予想された事象を敢えて実行することもないだろう。他に、確実だと思われる事象があるなら尚更な」
「………」
「心配せずとも、雪葉は必ず、那由多と友達になることが出来るだろう。今は、たとえもどかしくても、私たちはジッと待っているべきなのだよ」
「ぎんたろーの話はよく分からん…」
凛はフイと横を向いてしまって。
銀太郎も、少しため息をついて。
…凛はきっと、雪葉と那由多が、早く友達になってほしいんだと思う。
だって、その方が楽しいもん。
みんなと仲良くお喋りするときが来たら、素敵だから。
だから、ちょっと焦ったんだよね。
那由多と顔を見合わせながら、そんなことを思った。




