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「お腹いっぱいなんだぞ」
「せやな」
「柚香ちゃん、美味しかった?」
「うん。美味しかったよ」
「そりゃ良かった。ほなら、オレは片付けしてくるわ」
「あ、私も手伝います」
「おっ。おおきにな」
そして、お兄ちゃんと望は部屋から出ていった。
明日香は隅の方で丸まって眠っていて。
「ルウェ」
「ん?どうしたの?」
「ルウェは不思議な色なんだね」
「……?色?」
「光なのに…光だから、いろんな色が混じってる。お兄ちゃんに似てるかな」
(だよね~)
「あ…。久しぶりだね」
(うん。久しぶり)
「ルウェのこと、知ってるのか?」
「うん。お兄ちゃんが連れてきてくれたの」
「へぇ~」
(また…見えなくなっちゃったんだね…)
「うん。でも、大したことないよ」
(光なのに…。ボクは何も出来ない…)
「ううん。今日、ここに来てくれただけで嬉しいから。何も出来ないなんて言わないで」
(うん…。ごめんね…)
「ふふ、良い子良い子」
柚香がそっと手を伸ばすとルウェは近付いていって、頭を撫でてもらう。
でも、哀しそうな表情で。
今にも泣き出しそうな、そんな哀しみ。
「あなたは何色? 私に見せて
私は何色? あなたに見せるよ
月の光 日の闇 純粋なあなたへ
樹の緑 水の黒 優しいあなたへ
炎の赤 獣の白 勇ましいあなたへ
大地の黄 空の蒼 おおらかなあなたへ
いろんな色を 彩って
良い夢見ようね また明日」
ルウェは柚香に撫でられながら、静かな寝息を立てて眠っていた。
柚香はそっと目を開けて、ルウェを見る。
「柚香、辛い?」
「辛くないよ」
「どうして?目が…見えないんだよね…?」
そう聞くと、柚香は手招きをして。
近付いて柚香の横に座ると、優しく抱き締めてくれた。
「辛いのは一人でいるとき。そう思ってるとき。私も昔はそうだった。少しずつ見えなくなっていく世界で、心を閉ざして独りぼっち。だから、辛かった」
「………」
「でも今はね、気付いたんだ。私の周りには、たくさんの人がいるんだって。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、向かいのおじいちゃん、隣のおばさん…。お兄ちゃんも望お姉ちゃんも。もちろん、ルウェも」
「うん」
「"辛さ"は一人ではどうにも出来ないけど、誰かに支えてもらえば"幸せ"になるんだ。たくさんの辛さは、たくさんの幸せに。だから、辛くない。だから、幸せだよ」
「うん」
「ルウェは幸せ?」
「うん!」
村を出るのも祐輔と離れるのも辛かった。
でも、今は辛くない。
お兄ちゃんがいる、望がいる、明日香がいる、ルウェがいる。
葛葉、姉さま、セト、祐輔、夏月…旅をしていて出会ったみんなみんな。
支えてくれた、支えてくれる。
だから、ね。
ポカポカと、暖かい日射しが窓から射し込んでくる。
日向ぼっこをしながら柚香とお喋り。
「でね、祐輔が助けてくれたんだ。すごく怖かったけど、すごく嬉しかった」
「へぇ~。良かったね」
「うん!」
「ルウェ、あんまり危ない遊びはしないでよ?」
「枝跳びでは、転落したときのために"疾風"の術式を刻み込んだ石を持っとくんや。ルウェはどっかに落としたみたいやけどな」
「うぅ…」
「まあ、聞くに祐輔が気ぃ払っててくれたみたいやけどな。祐輔のことやから、近くで見とったんとちゃうかな」
「優しいんですね、祐輔は」
「あいつらの中では一番上やからな。ちょっと抜けてるかんじはするかもしれんけど、オレよりもしっかりしとるわ」
「んー。比較対象が悪くて、イマイチすごさが伝わってきませんね」
「…どういう意味や」
「そのままの意味です」
「お兄ちゃんは、ちょっと頼りないかんじがするよね」
「ちょっとどころじゃないよ」
「はぁ…。オレをいったいなんやと思ってんねん…」
「頼りないお兄ちゃん」
「そうなのか?」
「おぉ…ルウェはちゃんと分かってくれとるなぁ…」
「えへへ」
お兄ちゃんは、ギュッと抱き締めてガシガシと頭を撫でてくれた。
自分も嬉しかったから、お兄ちゃんを抱き締めて。
「ただいまぁ」
「あっ」
「ん?」「おっ」
「あれ?靴いっぱい。柚香~、誰か来てんのか~?」
ガタガタと何かを置くような音がして、しばらく音がしなくなった。
そして、階段を上る音がして、部屋の戸が開いた。
「あ、なんや。来とったんかいな」
「おぅ」
「明るいお姉ちゃん!」
「ルウェ。ウチはな、真ってゆうねん。明るいお姉ちゃんでもええけどな」
「真お姉ちゃん?」
「せやせや。真お姉さまでもええで」
「真お姉さま?」
「あー、やっぱりお姉ちゃんでええわ」
「真お姉ちゃんは、ここに住んでるのか?」
「住んでるってか居候やね~。部屋は隣やで」
「お姉ちゃん、お仕事終わったの?」
「あー、まだや。またすぐに出る」
「うん…」
「寂しい顔しな。兄ちゃんらもおるやろ?しかもな、今、ルウェの名札作ってんねんで」
「えっ?ルウェの?」
「うん!ヨロズカネの名札なんだぞ!」
「へぇ~、万金かぁ。出来たら見せてね」
「うん!」
「へへっ。最高の名札、作ったるからな」
「えへへ」
真お姉ちゃんはポンポンと頭を撫でてくれて。
またギュッと抱き付くと、今度は焼魚とみたらし団子の匂いがした。
お昼ごはんに食べたのかな。
団子は昼ごはんになりませんよ。
ちゃんと食べてください。




