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お腹が空いたから、孤児院に戻る。
すると、ちょうど雪葉がごはんを作ってるところで。
「あ、お帰りなさい。お昼ごはん、食べるよね?」
「うん」
「よかった。二人の分も一緒に作ってたからさ」
「ん?じゃあ、帰ってこなかったら、どうするつもりだったんだ?」
「えぇ?んー…。仕方ないから、私が食べるしかないじゃない」
「三人分食べるのか」
「いいでしょ、別に。帰ってこない方が悪いんだから」
「太るぞ。とーかみたいに」
「桐華さんは、別に太ってるわけじゃないよ…」
「じゃあ、何なんだ?」
「あれくらいがちょうどいいんだよ、本当はね。太ってるわけじゃなくて、適度に脂肪が付いてるんだよ。女として」
「女は太いのか?」
「だから、太ってるんじゃないって。むしろ、世間一般の人が痩せ過ぎてるくらい」
「ふむ…。じゃあ、ゆきねぇは?」
「えっ?私?私は…真ん中くらいかな…。って、何言わせるのよ!」
「なんで怒ってるんだ?」
「凛がバカなことを聞くから」
「私はバカじゃない。バカというゆきねぇがバカだ」
「もう…。五月蝿いなぁ…」
雪葉は顔を赤くして、鍋をかき混ぜている。
…桐華お姉ちゃんくらいがちょうどいいって本当なのかな。
そういえば、姉さまも桐華お姉ちゃんよりちょっと細いくらいだった。
胸の大きさは全然違ったけど。
「なぁ、ゆきねぇ」
「この話はもうなし!別の話題にしなさい!」
「意味が分からん。一人で怒ったりして」
「はいはい。喋るなら別の話にしなさい」
「んー…。そう言われてもなぁ…。ルウェ、何かないか?」
「えっ?うーん…」
何か聞きたいこととかあったかな…。
二人に聞いておきたいこと…。
「あ、そういえば、グレンって結局誰なの?」
「ゆきねぇの恋人だ」
「ち、違うよ!」
「熱っ!お湯が跳ねてるぞ!」
「あ…。ごめん…」
「…雪葉の恋人?」
「そうだ」
「だから、違うって!」
「でも、グレンが帰ってきたときは、いつでも夜に河原のあの広場に行ってるじゃないか」
「な、なんで知ってるのよ!」
「いっとうと一緒についていった」
「うっ…。お兄ちゃん、なんでそんなことするかな…」
「流れ星を見に行ったんだ。そしたら、ゆきねぇとグレンが前を歩いてた」
「流れ星?あぁ、あのときか…」
「そしたら、いっとうが、面白いからついていこうって。行くところは同じだし」
「ホントに間が悪いなぁ…。お兄ちゃんに見つかるなんて…。人の少ない道を選んだのに…」
「手を繋いでたから、いっとうが、二人は恋仲だなって言ってたぞ」
「だ、だから、違うって!暗くて危ないから、グレンの手を引いてあげてただけだから!」
「そうなのか?楽しそうに話してたけど」
「もう…。ホントについてないなぁ…」
雪葉はため息をついて。
そういえば、姉さまとセトも、ときどき二人で月を見に行ったりしてた。
それと同じかんじなのかな。
二人がこっそり出ていったあとに、葛葉と一緒についていったりして。
たぶん、そのときの凛と一刀と同じ。
「それで、ゆきねぇとグレンの関係はどうなってるんだ?」
「どうもなってないよ…」
「でも、付き合ってるんじゃないのか?」
「付き合ってない!もう…なんで、こう、こんな話題ばっかりかな…」
「でも、ゆきねぇって、グレンと仲良いじゃないか」
「はぁ…。なんか疲れてきた…」
「なんでだ?」
「凛…。もっと別の話題ないの…?」
「またか?うーん…。ルウェ、何かないか?」
「また?んー…。そういえば、何作ってるの?」
「えっ?あぁ、ちょっとうどんを…って、茹ですぎてるじゃん!」
「えぇ…。なんで、ちゃんと見とかないんだ」
「凛が変なこと話すからでしょ!」
「私のせいなのか?」
雪葉は急いでお鍋を火から下ろして、流しのザルに中身を開ける。
茹で汁は下の器に溜まって、でろでろに伸びたうどんだけがザルに残った。
「あーあ…。どうしよ、これ…」
「食べたらいいんじゃないか?」
「食べるの、これ…」
「勿体ないじゃないか。捨てるのか?」
「捨てないけどさ…」
「私は、ちょっと伸びてるくらいが好きだ」
「ちょっとどころじゃないけどね…」
「いいじゃないか。それで、出汁は?」
「あ…。作るの忘れてた…」
「むぅ…。そうか…。じゃあ、茹で汁だけで食べるしかないな」
「かなり嫌な選択肢だね、それは…」
「そんなことないぞ。きっと、うどんの美味しい出汁が出てるに違いない」
「うどんでうどんを食べるようなものだけどね…」
「具はないのか?」
「んー…。ネギくらいかなぁ…」
「うどんの純粋な味が楽しめるな」
「凛は、前向き思考のうどん通だね…」
「でも、食べるしかないんだから、仕方ないだろ」
「そうだけど…」
雪葉はブツブツ何かを言いながら、用意してたどんぶりに伸びたうどんを入れていく。
それから、ネギを出してきて適当に切って入れて、最後に茹で汁を掛ける。
白く濁った汁のところどころに緑色のネギが見えてて、底にうどんが溜まってた。
「はい。出来上がり」
「うむ。じゃあ、食べよう」
「そうだね…」
横の机のところにどんぶりを持っていって、真ん中に置いてあった箸を取る。
なんとも言えないお昼ごはんだけど…。
手を合わせて、いただきます。
「うっ…」
「ゆきねぇ」
「分かってるけど…」
「ん。なかなか美味いじゃないか」
「本当に言ってるの…?」
「なかなか美味いじゃないか」
「………」
まあ、なんと言うか、うどんを食べていた。
確かに、うどんだった。
うどんでしかなかった。




