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「おぅ、凛よ。そういや、お前、金は持ってるのか?」
「持ってない」
「お前なぁ…。食うだけ食って、金も払わないで帰るつもりなのか?」
「ツケておいてくれ」
「まったく…。変なことばっかり覚えやがって…」
甘味処のおっちゃんは、ため息をつく。
まあ、つきたくなるのは分かるけど…。
まさか、お金も持たないでお店に行こうって言ってたなんて、自分も思わなかったんだぞ…。
「おっちゃんと私の仲だろ」
「親しき仲にも礼儀あり、だ。バカ野郎」
「いてっ」
おっちゃんに小突かれる。
まあ、当たり前だと思うけど…。
「仕方のないやつだな、まったく…。それで、そっちの子は?友達か?」
「うん。ルウェだ」
「ほぅ。小さな狼か。その割には、蒼龍だがな」
「よく言われるんだぞ」
「小さな狼って何なんだ?」
「そういや、お前は北の言葉は知らないんだったか」
「北の言葉?どこの北だ?」
「ここからずっと北に、こことは別の文化を持つ民族がいるんだよ。交流も最近進んできてな。自然と平和を大切にする、素晴らしい民族だよ」
「ふぅん…」
「まあ、お前も、行く機会があれば行けばいい。その車椅子とかいうのがあれば大丈夫だろ」
「いや。私は、自分の足で歩いていく」
「そうか。龍馬はいいって言ってるのか?」
「龍馬なんて関係ない。私が歩きたいんだから、歩くんだ」
「まあ、そうだけどよ。…まったく、面倒くさい兄妹だな」
「諦めてる龍馬が悪いんだ…。私の気持ちなんて考えずに…」
「心配なんだよ、龍馬も。それに、責任も感じてるんだろ。お前に怪我させちまったってな」
「………」
「まあ、お前のやりたいことをやれ。あとになって後悔しないようにな」
「後悔はしちゃダメだ。反省はするべきだけど。後ろを向いてたって、何もいいことはない」
「ん?なんだ、お前。そんな難しいこと言って、熱でもあるのか?」
「あるわけないだろ」
「じゃあ、明日は槍が降ってくるな」
「なんでだ!」
「ははは。まあ、いい言葉を覚えて使えるようになるってのは、すごく大事なことだ。誰に教わったかは知らねぇが、ちゃんと大切にするんだぞ」
「うん」
凛はコクリと頷いて。
それから、こっちを向いてニヤリと笑う。
…自分の言葉じゃないんだけどね。
でも、いい言葉だって褒めてもらって、姉さまも褒めてもらったみたいで嬉しかった。
「はいよ。まずは善哉だ」
「うむ」
「今日は特別に冷やし善哉だ。しっかり味わえよ」
「冷やしだなんて太っ腹だな、おっちゃん」
「今日は、凛が友達を連れてきた記念だ。心行くまで堪能してくれ」
「ありがと、なんだぞ」
「礼には及ばねぇよ。さ、ほら。ヌルくなる前に食べちまいな」
「そうだな。ルウェ、食べるぞ」
「うん。いただきます」
「いただきまーす!」
「はいよ」
早速、食べ始める。
餡子も白玉も、しっかり冷えてて美味しい。
「美味いだろ」
「うん」
「善哉は私の一番のお気に入りなんだけど、冷やし善哉は特に美味しいんだ」
「ふぅん」
「おっちゃん。お代わりはないのか?」
「今日はそれ一杯だけだ」
「えぇーっ!」
「文句を言うな。夕飯が食べられなくなってもいいのか?」
「夕飯は別腹だ」
「バカなこと言ってんじゃねぇよ。じゃあ、お前。今、お前の大好きな饅頭を作ってるんだが、それと善哉とどっちがいい」
「どっちもがいい」
「じゃあ、両方なしだ」
「なんでだ!」
「二兎を追う者、一兎をも得ずだ。お前は二兎を追ったから、一兎も得なかった」
「ダメだ!分かった!じゃあ、饅頭にする!」
「最初からそう言えばいいんだよ」
「うぅ…」
「まったく…。ほらよ。出来たぞ」
「うむ」
「ゆっくり味わって食べろよ」
「うん。もちろんだ」
とか言いながら、一口で半分くらい食べてる。
…まあいいけど。
自分も、一口食べてみる。
「あ、美味しいんだぞ」
「そうだろ~」
「なんでお前が得意気なんだよ。まあ、楽しんでくれてるなら幸いだ。…しかし、実を言えば、ここは別に甘味処じゃないんだけどな」
「えっ?そうなの?」
「凛にとっては甘味処かもしれねぇが、ここはそもそも、見ての通り寿司屋だ。川魚のな」
「ふぅん…」
「甘味は、あくまでオマケだ。好評なのは確かだが」
「なんで甘味処にしないの?」
「そう簡単に転職出来るかよ。俺はいちおう、寿司職人だからな」
「へぇ、そうなんだ」
「おっちゃんなら、すぐに菓子職人になれるぞ」
「それは、嬉しいのか嬉しくないのか、複雑なところだな」
「なんでだ。私は、お菓子の方が好きだ」
「そんなこと言ってもな。菓子作りは副業でしかない」
「寿司よりお菓子の方が美味いぞ、おっちゃんのは」
「それはモロに傷付くぞ、凛」
「褒めてるんだぞ?」
「あのな、褒めてほしい方を落とされて別の方を褒められても、嬉しくともなんともない」
「でも、私はそう思う」
「はぁ…。いいよ、もう…。今夜は営業出来ないかもしれんな…」
「休むのか?」
「自信がなくなった…。休みたい気分だよ…」
「そうか。大変だな」
「本当に…」
凛って、思ってることをなんでもはっきりと言うから…。
おっちゃんもガックリとして、椅子に座って天井を見てるし…。
「まあ、お菓子の方が美味いが、寿司も美味いぞ。前に孤児院に来てくれたとき、握ってくれただろ。みんな、美味しいって言ってた」
「ん?そうか?本当か?」
「うん。お菓子の方が美味いけどな」
「そうか…」
「そうだ。お菓子を寿司にしたら、もっと美味くなるんじゃないか?」
「なんだよ。シャリに餡子でも乗せるのかよ。丸っきりお萩じゃねぇか」
「なんで、私の考えてることが分かったんだ」
「お前の考えてることは単純だな…。あとな、お萩は握りじゃなくて完璧に菓子だ」
「そうか…。じゃあ、海苔巻きに餡子を入れればいい」
「餡子が好きなんだな、お前…」
「もちろんだ」
「はぁ…」
餡子の海苔巻きなんて、どんな風になるのか分からないけど。
でも、なんとなく美味しそうな気もしないでもない。
おっちゃんがもし作ったら、食べてみたいんだぞ。




