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朝ごはんが終わって、一度、宿に戻ることにする。
凛はついてきたけど、雪葉もついてきて。
望と一緒に喋ってる。
「いいなぁ、旅。私もいつか旅に出たいって思ってるんだけど」
「楽しいよ。大変なときもあるけどさ」
「大変なことって、どんなことがあったりするの?」
「いろいろだけどね。旅費が尽きたり、盗賊に襲われたり…。まあ、旅費はともかく、盗賊に襲われても、私は頼りになる相棒がいるから」
「相棒?」
「うん。明日香っていってね、白い狼。すっごく頼りになるんだよ。私自身も、ちょっとだけ護身術は使えるんだけどね」
「へぇ。格好いいね」
「何があるか分からないからね。旅に出る前に、同じ孤児院のお兄ちゃんに教えてもらったんだ。お兄ちゃんも旅に出てるんだけど、ちょうど帰ってきててさ」
「ふぅん。お兄ちゃんのこと、好きなんだね」
「えっ。まあ、そうだけど」
「私にも、お兄ちゃんがいるんだけどね。一番お世話になってるお兄ちゃんは、今はユールオに出てるんだ」
「へぇ~。何してるの?」
「道場を開いてるんだ。拳法の」
「拳法?剣道?」
「徒手空拳の方だよ」
「へぇ、そうなんだ」
「いっとうは強い。誰も勝てない」
「イットウ?どんな字を書くの?」
「ひとつの刀、一刀だよ」
「一刀か。格好いい名前だね」
「そうだね。でも、徒手空拳なのに一刀ってどういうことなんだって、みんなによくからかわれるんだけど」
「まあ、それは仕方ない気もするけど…」
「いっとうにはなかなか会えない。ユールオまで行ってるからな」
「遠いからね、ユールオは」
「そうなんだよね」
「一刀さんに、拳法を習ったりしてないの?」
「うーん…。いちおうは教えてもらってるんだけどね。まだ赤帯くらいだよ」
「ふぅん。ていうか、何の拳法なの?」
「北方拳だよ。北の拳法ってやつ」
「えっ、へぇ、そうなんだ。でも、北の拳法の赤帯って、かなりすごいじゃない」
「そんなことないよ。赤帯の人を倒したことがあるってだけで。それも、たまたま」
「赤帯だったら、たまたまも何もないでしょ。実力だよ、雪葉の」
「そ、そんなことないよ…」
「変か、ゆきねぇ?」
「えっ、変?どういうこと?」
「褒められて、変か?」
「あはは…。あのね、朝、凛がルウェに歌が上手いねって褒められたんだって」
「あぁ。凛、ホントに歌が上手いんだよ。ときどき、自分で作ってるし」
「………」
「それで、何なの?」
「うん。褒められてさ、恥ずかしがって、うなーっ!とか言ってたんだよ」
「うっ…」
「あはは。いいね、それ。さすがは凛だ」
「う、うっさい!」
「私も見たかったなぁ。照れてる凛。滅多に見れないし」
「そうなの?」
「うん。条件はよく分からないんだけど、たまにすごく照れるんだよ。普段は、褒められても、愛想なくしてるか、ちょっと赤くなるくらいなんだけど」
「ふぅん。そうなんだ」
「ね、凛」
「………」
「あはは。こんなかんじだよ、いつもは」
雪葉はポムポムと凛の頭を軽く叩く。
それを、凛は鬱陶しそうに振り払って。
「ふぅ。それにしても、いい天気だねぇ」
「そうだね。朝焼けも綺麗だったし」
「あ、望も見たんだ。凛とルウェは?」
「見たんだぞ。二人で、あっちの川の方に行って」
「へぇ、そうなんだ。綺麗だったよね」
「うん」
「でも、凛がそんなに早起きするなんて珍しいじゃない。何かあったの?」
「別に、何もない」
「ふぅん。じゃあ、自分で早起き出来たんだね。偉い偉い」
「んあっ!」
また撫でられて、また振り払う。
でも、雪葉はそれが面白いみたいで。
何回もやっていた。
「って、あれ?宿ってさ、天照のところだよね」
「うん。あ、通り過ぎてる」
「そうだね。ちょっとお喋りに夢中になりすぎちゃったよ」
「ゆきねぇは、お喋りが好きだからな」
「うん。凛は、あんまり喋らないよねー」
「喋る必要なんてない」
「そう言わずにさぁ。そういえば、ルウェもあんまり喋らないよね」
「自分は、聞いてる方が楽しいんだぞ」
「へぇ。変わってるねぇ」
「ペラペラ喋ってるゆきねぇの方が変だ」
「あはは。凛たちから見れば、そうかもしれないね」
「うっさい、ゆきねぇ」
「ごめんごめん」
「ほら、ここだよ。また通り過ぎるよ」
「あ、ホントだ。危ない危ない」
「ホントにしょうがないな、ゆきねぇは」
そして、望が先に中に入っていく。
自分たちも続いて。
「ありゃ?どうしたの、凛?」
「降りる」
「歩くんだ」
「うむ…」
凛は、やっぱり車椅子を降りて。
壁を伝いながらも、自分の足で歩いていく。
「頑張ってね」
「う、うっさい!車椅子なんかに乗りたくないだけだ!」
「その割には、楽しそうに乗ってたみたいだったけど」
「うっさい!」
「あはは。まあ、頑張って」
そう言って凛の肩をポンポンと叩いたりして、また怒らせてた。
…雪葉、凛にチョッカイ出しすぎなんだぞ。
「あ、お帰り」
「え、あっ!遙さん!」
「ん?あ、雪葉。来たんだ」
「来たんだじゃないでしょ!なんで、私に会いに来てくれないんですか!」
「そう怒らないの。一昨日に行ったんだけどね、時間が合わなかったみたい。お昼前だったけど、いなかったでしょ?」
「………。いませんでしたけど…」
「うん。だから、ごめんね」
「はぁ…。もういいです。今、会えましたし…」
「そうそう。前向きにね」
「うぅ…」
今度は、雪葉が遙お姉ちゃんに撫でられる番だった。
耳を寝かせて、ちょっと赤くなってる。
凛はどう思ってるんだろうと見てみたら、そんなことはどうでもいいってかんじで、もうずっと先まで行ってた。
そういえば、望ももうどこかに行っちゃってるし…。
「あ、そうだ。ルウェ」
「えっ?」
「手紙、来てたよ」
「誰から?」
「誰だろうね。とりあえず、はい」
「うん。ありがと、なんだぞ」
「どういたしまして。じゃあ、私はやることがあるから」
「あのっ!遙さん!」
「ん?」
「また今度、ゆっくり…」
「うん、分かってる。ていうか、雪葉が私に会いにきなよ。夜だったら割と空いてるからさ」
「えっ。い、いいんですか?」
「悪いわけないでしょ。私がダメだったらさ、ほら、桐華もいるし」
「は、はいっ!」
雪葉は嬉しそうに頷いて。
遙お姉ちゃんも、それを見てニッコリと笑っていた。
…雪葉は、遙お姉ちゃんのこと、ホントに好きなんだなって、そう思う。
だって、自分が姉さまとか葛葉と話すときと同じ雰囲気だもん。




