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「今日も泊まるの?」

「………」

「凛?」

「ん?私か?」

「この質問を受ける人って、他にいないよね…」

「私はいたって健康だ」

「えぇ…。意味が分からないんだけど…」

「のぞみも、えぇ…か。何なんだ、それ。流行ってるのか?」

「流行ってるの?」

「ナナヤも蓮華も言ってた」

「それは、凛が意味不明なことを言うからじゃないかな…」

「そうなのか?」

「たぶんね」

「ふむ…」


首を傾げるのと一緒に、尻尾もくにゃりと曲がって。

…なんか、面白いんだぞ。


「それよりさ、上がってきて身体洗ったら?」

「イヤだ!」

「なんで、そう強く否定するかな…」

「絶対イヤだ!」

「私のこと、嫌い?」

「むっ…。嫌い…ではない…」

「じゃあ、一緒に洗おうよ」

「イ、イヤだ…」

「なんで?」

「う、うぅ…」

「ん?」


顔を赤くして、ブクブクと浴槽に沈んでいく。

やっぱり、リュウの言う通りなのかな。

望のことが好きなんだって。


「それじゃ、私はもう洗い終わるから、二人、上がってきなよ」

「えっ…」

「何?」

「な、なんでもない…」

「そう?じゃあ、ルウェ」

「うん」


浴槽から上がって、望と交代する。

すると、凛もすぐに上がってきて。

やっぱり、顔は真っ赤だった。


「ふふふ。もうすっかり仲良しさんだね」

「うぅ…」

「それで、なんだけど、凛。今日も泊まるの?」

「ど、どういうことだ?」

「どういうことって、そのままの意味だけど…」

「そ、そうか…」

「凛」

「えっ?」

「望は、今日もここに泊まるのかって聞いてるんだよ」

「そ、そうなのか?」

「うん」

「そ、そうか。今日も、ルウェたちと一緒に寝るかな…」

「帰らなくていいの?」

「うん?」

「みんな、心配してないかなって思うんだぞ」

「心配…なのか?」

「だって、家族が家に帰ってこなかったら、心配だと思うんだぞ」

「そうなのか…?」

「凛だって、龍馬が帰ってこなかったら心配でしょ?」

「それは…そうだけど…」

「帰らなくてもいいの?」

「………」

「凛?」

「私は…あの部屋に帰りたくない…」

「えっ?」

「帰りたくない…」


そのまま俯いて、黙り込んでしまった。

…なんで、帰りたくないなんて言うのかな。

凛の表情は暗かった。


「…じゃあさ」

「……!」


望が声を出すと、飛び上がるくらいにビックリしていた。

そして、恐る恐る、望の方を見て。


「私たちと一緒に帰ろうよ」

「えっ…?」

「私たちと一緒に、帰ろう?」

「………」

「そしたら、不安じゃなくなるでしょ?」

「不安…?」

「うん」

「不安…」

「私たちと一緒に帰ろうよ。そしたら、不安じゃないよ」

「ね、ルウェ。それでいいでしょ?」

「うん」

「だから、ほら。凛?」

「うん…。分かった…」


自分にも、望の言ってることは分からなかった。

なんで凛は、あの部屋に帰るのが不安なの?

龍馬も他の子たちも、ちゃんといるのに。

なんで…?



真っ暗だった。

望が行灯を探し出して、火を入れてくれる。

ぼんやりと、部屋の中が照らし出される。


「ほら、凛。帰ってきたよ」

「うん…」

「降りられる?」

「降りられる…」


車椅子から前に倒れるようにして、寝台に乗り換える。

やっぱり、立つのはまだまだ無理みたい。


「のぞみ、ルウェ…」

「ん?」

「帰っちゃヤだ…」

「帰らないよ、今日は。ね、ルウェ」

「うん。エルとリュウにも言ってきた」

「ほら、ね?大丈夫だよ」

「うん…」


望に頭を撫でてもらうと、凛は安心したようにため息をつく。

…でも、何がそんなに凛を不安がらせるのかな。

ここは、凛の部屋のはずなのに…。


「凛」

「…ん?」

「何か、不安?」

「………」

「何が不安なの?」

「ここは…ないんだ…」

「ない?何が?」

「外であった、楽しいこと…。ここの時間は動いてなかった…。ずっと、事故の日から…。それが、分かった…」

「時間が止まってたの?」

「そうだ…。昨日と今日で、車椅子に乗ったりして、外の世界に出てみた。それはとっても楽しかったし、外に出てよかったと思えた。でも、一緒に気付いたんだ…。私がいた、この部屋は、何ひとつとして変わってなかった…。ずっと、止まった時間の中で生きていたんだ…」

「そうかな」

「そうだ…。何も変わってない…。部屋から出て、初めて分かった…」

「私は、そうは思わないよ」

「のぞみに何が分かるんだ…。今、初めて来たのに…」

「初めて来ても分かるよ。壁とか箪笥の黒ずんだ跡と引っ掻き傷。引っ掻き傷は床にも付いてるね。これは、凛が歩く練習をしていた証拠じゃないかな。毎回同じようなところに手をつくから、そこが黒ずむ。転びそうなときに爪を立ててしまって、引っ掻き傷が出来る。床を這って戻るときに、また力が入って爪が立つ。何度も何度も繰り返したから、たくさんの跡が残ってる。凛の、頑張った跡が」

「…それがなんだ」

「凛は、この部屋の時間が止まってるって言ったけど、凛の時間は、この部屋の中で動き続けていた。前へ進もうと、一歩一歩。部屋の中の時間だって、凛の時間に合わせて動いてたんだよ。凛は気付いてなかっただけで」

「そんなこと…。分からない…」

「分からなくていいよ。今はね。でも、この部屋は凛の部屋だから。それは忘れちゃダメ」

「うん…」

「さあ、ほら。もう寝よっか、二人とも。この寝台だったら、二人一緒に寝られるでしょ?」

「うん。…望は?」

「私は、あそこの長椅子で充分だから。心配しないで」

「…うん」

「じゃあ、お休み。凛のこと、よろしくね」

「うん。分かったんだぞ」

「ん」


もうウトウトし始めてる凛の頭を撫でて。

それから、望は長椅子の方に行った。

寝る前に、ちょっとだけ手を振ってくれたから、振り返しておく。


「凛、お休み」


いつの間にかクルリと丸くなっていた凛のほっぺたを触る。

柔らかくて、温かかった。

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