3
「ほら、おいで」
「で、でも…」
「………」
「明日香。意地悪しないの」
「………」
明日香はフイとそっぽを向くと、目を瞑って大きくため息をつく。
「ほら」
「う、うん…」
おそるおそる、明日香のお腹を枕にして寝転ぶ。
意外と柔らかくて、フワフワの毛が気持ち良かった。
「明日はゆっくりに出るから、よく寝ておきなさい」
「うん…」
「お休み」
「おやすみ…」
思い出すのは、葛葉の柔らかい尻尾のこと。
明日香のお腹とは違うものだけど、優しさは同じ。
安心出来るのは同じ…。
眩しい光を感じた。
目を開けると、揺れる葉っぱの間からお日様が見えていて。
「おはよう、ルウェ」
「おはよ…望…」
「朝ごはん、食べなさいね。明日香も」
「うん…」
「………」
何かの肉と、その辺に生えてる草を煮たものが、お鍋に入っている。
お匙が二本、入れられていて、望が一本を渡してくれた。
「はい、どうぞ。取り分けるお皿がなくて、ごめんね」
「いただきます…」
「いただきま~す」
一匙すくって口へ運ぶ。
うん、美味しい。
…葛葉にも食べさせてあげたい。
けど、いつか必ず、村に帰るときが来るから…。
真っ直ぐ前へ進む。
狼の姉さまの約束、守らないとな。
「美味しい?」
「うん!」
「ふふ、良かった」
明日香はどこかに行ったから、二人だけでこの大きなお鍋いっぱいのお肉と草の煮たものを食べられるのかと思ったけど、自分が好きなだけ食べると、望は残りを全部食べてしまった。
「んー、もうちょっと何かないかな…」
「望、葛葉よりよく食べるんだな!」
「え?葛葉?」
「うん。自分の、一番好きな人!」
「ふぅん。そうなんだ。どんな人なの?」
「姉さまより術式が上手くて、でも、セトより強いんだ!」
「へ、へぇ…。なんか、また新しい名前が出てきたね…」
「姉さまは自警団の団長で、この前、畑荒らしを捕まえた英雄なんだ!セトは、姉さまのお婿さん」
「お婿さんってことは、二人は結婚してるの?」
「うん!ときどき喧嘩もするんだけど、でも、すっごく仲が良いんだ!」
「へぇ~。でも、三人とも今はどうしてるの?ルウェと一緒に暮らしてたんじゃないの?」
「うん…。でも昨日、自分、村を追い出されちゃったんだ…」
「え…?」
「自分、いつもイタズラばっかりしてたから、みんな怒ったのかな…。元々、よそ者だし…」
「ルウェ。狼の姉さまって人とした約束、思い出して。真っ直ぐ前へ進む。そうだったよね」
「あ…」
「葛葉とか村の人のことを思い出すのは良いけど、後ろは振り返っちゃダメでしょ?」
「うん…」
「なんで村を追い出されたのかとかは、前へ進んでいるうちに分かることなんだと思うよ。だから、狼の姉さまもそう言った」
「うん」
「ね。じゃあ、行こっか」
「うん!」
望は大きな袋を担いで。
自分はセトの袋を。
「あ、そうだ。必ず帰ってこれるように、おまじない、しとこっか」
「おまじない?」
「うん。えっと…あの切株が良いかな」
望は切株に近付いて、懐から小刀を取り出す。
そして、切株の横側に何かを彫っていく。
「ヤゥ、エラ、カムナイル。ウ、タク、リヨ、エ」
「神々に約束する。私たちは必ずここへ帰ってくる」
「よく知ってるね。北の方の出身なの?あ、そういえば、ルウェって名前も、北の言葉で"月の神が遣わした者"って意味だよね」
「うーん…分からないんだぞ」
「そっか。まあいいや。じゃあ、仕上げ。ここに私たちの名前を彫ろう」
「うん」
望はウルカ、自分はそのままルウェ。
そして、二人の護獣である狼の記号で引き結んで、おまじないが完成。
「うん、良いかんじ」
「これで、絶対帰ってこれるんだな!」
「ふふ、そうだよ。これはすっごくよく効くんだから」
「………」
「あっ!明日香の名前、書いてなかった!」
「………」
「ごめんってば~」
「大丈夫だよ。明日香は護獣だから。望と自分を、約束と結びつける神様の代わり」
「…そうだね。こりゃ責任重大だよ、明日香」
「…ワゥ」
「あはは、任せろだってさ」
「うん!」
切株に刻まれた約束、名前、護獣。
三つは互いに重なりあい、強い繋がりを作っていて。
「よし、出発進行!」
「おぉーっ!」「ワゥ!」
村のみんな。
ひとまず、お別れ。
姉さま、セト。
喧嘩しちゃ、ダメなんだぞ。
葛葉。
ヤゥ、エラ、カムナイル。
ウ、タク、リヨ、エ。
必ず帰ってくるから、それまで待っててね!




