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「ん…」
「ん。起きたか」
「あれ…?凛…?」
「うん」
「あぁ…。私、寝ちゃってたんだ…」
「そーだな。ぐっすり寝てたぞ」
「ナナヤは…?」
「宿で弁当を作ってきてくれるそうだ」
「そっか…」
蓮華は、一度尻尾をパタリと動かして。
それから、頭を乗っけていた凛の膝に頬擦りをする。
「なっ!な、何してんだ!」
「気持ちいいね、凛の膝枕…」
「や、やめろっ!」
「懐かしいな…」
「んっ?えっ?」
「…なんでもない」
「そ、そうか…」
「重たくない、私?」
「頭しか乗せてないからな。別に重たくない」
「そう。よかった」
「…なんだか、お前らしくないぞ?」
「そう、かな…」
「お前は、もっと騒がしいのが似合う。そんなしんみりしてちゃダメだ」
「そう思う?」
「私は…そう思う」
「そっか…。でも、今はこうさせておいてくれないかな」
「んぅ…。別にいいけど…」
「そ。ありがと」
また、パタリと尻尾を動かす。
そして、目を瞑って、歌を歌い始めた。
「今日はお休み、我が愛し子よ。その胸に夢をいだいて」
「…その唄、私も知ってる」
「そう?じゃあ、歌ってくれないかな」
「いいけど。なんで?」
「これは、私の思い出の歌なんだ。昔、昔のね…」
「…そうか」
「………」
「…今日はお休み、我が愛し子よ。その胸に夢をいだいて。明日もきっと、いい天気だから。だからお休み、愛し子よ。哀しみの果てに何があるのか。キミの行く先に何があるのか。それは僕にも分からないけど。歩いていくんだ、真っ直ぐに。僕はいつでもキミを見守ってるよ。だから今日はお休み、我が愛し子よ」
「………」
「どうだった?」
「歌、上手いんだね、凛は」
「そ、そんなことない」
「いい歌声だったよ」
「そ、そうか?ありがと…」
「…この歌はね」
「ん?」
「この歌は、ずっと昔に、私の前の契約主が私のために作ってくれた、最期の歌なんだ」
「………」
「私の初めての契約でね。あ、ナナヤは二人目なんだけど。ひとところには留まらない、旅から旅の渡り鳥だったんだ」
「渡り鳥…」
「足の向くまま、心の向くまま。自由な旅をしてた」
「ふぅん…」
「それでね、路銀稼ぎに、街先で歌を歌ってたんだ。上手かったんだよ、結構。お客さんも割と集まったりしてさ」
「そうか」
「私はただ、横に座ってるだけだったんだけどね。歌、聴くの好きだったなぁ」
「うむ。歌はいいものだ」
「でもね、別れは突然だった。肺の病気で、病状はすぐに悪化して、そのまま…ね」
「んぅ…」
「あの人が病気と闘ってるとき、私はただ泣いているばっかりだった。私は、まだまだ弱かったんだ。あの人が、心配ないよって、蒼白い顔をして笑ってくれるのが、一番辛かった。でも、私には何も出来ない。クノさまとか、伊予さまにだって、病気を治す方法はないかって聞いたんだよ。だけど、病気を治す方法はないし、人間の世界に干渉しすぎるのもダメだって。そればっかり。私、恨んだよ、二人のこと。今じゃ、二人が何を言ってたのか、分かるんだけどね。それから、ずっと、あの人の横で泣いていた。あるとき…泣き疲れてウトウトしてたとき、聞こえてきたんだよ。その歌が。私がね、何の歌なんだって聞いたら…」
「聞いたら?」
「…私、なんでこんなに喋っちゃったのかな」
「ん?」
「ずっと、ホントに今まで、あの人の話なんてしたことなかった…。でも、凛と、それに、ルウェ。あなたたちには話してしまった。なんでなのかな…」
「誰かに、聞いてほしかったんじゃないのか?」
「えっ…?」
「辛いこと、哀しいこと。その人との別れ。聞いてほしかったんじゃないか?私たちに」
「…どうなんだろ」
「別れが辛いのは、その人が大好きだったってことの裏返しだ。私はこんなにも幸せだった。だから、こんなに辛くて、哀しかった。れんかは、誰かに聞いてほしかったんじゃないか?」
「…そうかもしれないね」
「まあ、これは、りゅーまからの受け売りだが」
「あはは、そうなんだ。でも、本当に、そうかもしれない。凛が、あの人の歌を歌ってくれたから…。だから、話してもいいかもしれないって、思ったのかな」
「それは知らん」
「うん。そうだよね」
「それで、何の唄だって聞いたら、なんて答えたんだ?」
「あぁ、そうだったね。私が、何の歌なんだって聞いたら、あの人は答えたんだ。世界の、たった一人に、贈る歌だって」
「世界のたった一人に贈る唄?」
「うん。…だから、この歌は、私とあの人だけしか知らないはずなんだ」
「えっ…?」
「不思議だね。凛が、この歌を知ってるなんて」
「ご、ごめん…」
「あぁ、別に怒ってるわけじゃないよ。歌ってね、みんなに聞いてもらって、みんなに歌ってもらう方がいいと思うんだ。私は、この歌を胸に秘めていたけど、凛が知ってくれてて、ある意味ホッとした」
「うむ…」
「でも、どこで知ったの?私もあの人も、一度も他の誰かの前で歌ったりしなかったのに」
「うーん…。分からない…。ただ、知っていた…。それだけだ…」
「ふぅん。ホントに不思議だね。なんでなんだろ」
「ひとつ、可能性を挙げるとすれば、凛があの人の生まれ変わりだった…とか」
「うわっ!ナナヤ!いつからそこにいたの?」
「いつからって、今来たばっかりだけど」
「なんだ、そうなんだ…」
ナナヤは、大きな水筒と、三つのお弁当を持って、後ろに立ってた。
こっちを見て、ニッコリと笑いながら首を傾げていて。
自分もかなりビックリしたんだけど、凛はあんまりビックリしてないみたい。
…ナナヤが来てること、分かってたのかな。
「大切な話だった?」
「んー…。まあね…。でも、ナナヤに聞かれて困る話でもないし…」
「そう。邪魔して悪かったね」
「ううん。別にいいよ、そんなの」
「そう?まあ、とりあえず、お昼ごはんにしようよ。はい、ルウェ、凛」
「ありがと、なんだぞ」
「ありがと」
「どういたしまして」
「私のは?」
「私のを半分あげるから」
「そう」
「お茶は、桐華さんが直々に淹れてくれたのだからね。しっかり飲みなさいよ」
「はぁい」
竹の皮に包まれたお弁当を開けてみると、おにぎりが入っていた。
具に何が入ってるのかは、外からは分からないけど…。
でも、どれも美味しそうだった。




