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凛が、寝台から立ち上がる。

立つこと以外は、足は自由に動くっていうのは本当で、寝台の上で座り直したりするときなんかはちゃんと動いている。

でも…


「うわっ!」

「だ、大丈夫?」

「う、うん…。またダメだった…」


立つことに対してだけは、全然ダメだった。

一歩だって歩くことは出来ない。


「うぅ…」

「手、掴んで、凛」

「ごめん…」


凛は自分の手を掴んで、よろよろと立ち上がる。

掴まり立ちは出来るんだけど、一人だけで歩くのは無理みたい…。


「…あ、そうだ、ルウェ」

「え?」

「釣りに行くって言ってなかったか?」

「あ…うん…」

「私の練習なんかに付き合わせてしまって悪かった。早く釣りに行け」

「そ、そんなの…。無理なんだぞ…」

「なんでだ。釣りの約束は大切だろ?」


釣りの約束も大切だし、凛の歩く練習も大切だし…。

どっちか一方だけ選ぶなんて出来ない…。


「今日は…」

「えっ?」

「今日は、凛の練習を手伝うんだぞ」

「そ、そんなのダメだ!ルウェ、釣りだって言って楽しそうに話してたし!」

「桐華お姉ちゃんとエルには、ごめんって言っておくんだぞ…。だから…」

「その必要はないよ」

「あっ!はるねぇ!」


部屋の入口のところに立ってたのは、遙お姉ちゃんだった。

凛は寝台に腰掛けなおすと、嬉しそうに笑顔で出迎える。


「遙お姉ちゃん、どうしたの?お話は終わったの?」

「うん、まあね。それで、ルウェの釣りの約束だっけ?」

「うん…」

「私、話を聞いてたのに、練習に付き合わせてしまって…。だから、私のことはいいから、釣りに行けって言ってるんだけど…」

「そっか。まあ、やりたいことがたくさんあるのはいいことだね。若いうちに、やれることはなんでもやっておくのが吉だよ。それでね、それを実現する最終兵器がこれ!」


遙お姉ちゃんは、入口の横のところから、何かを引っ張り出してくる。

…大きな車輪が付いてる椅子だった。


「車椅子って言うんだけどね。まあ、見たまんまか。凛、ちょっと座ってみなよ」

「えっ…。これ、何なんだ…?」

「だから、車椅子だって」

「私が座るのか、これに?」

「そうだよ。ほら、座ってみなさいな。ちょっとルウェも手伝ってあげて」

「うん」


凛に掴まり立ちをさせて、車椅子に座らせる。

車椅子は凛にちょうどピッタリの大きさだったけど、ピッタリだから、肘掛けの横から腕が少し出てしまう。

凛もそこが気になるみたいで。


「な、なんだ、これは…。少し余るぞ…」

「横から車輪を回すんだよ。ほら、車輪の外側に、回すための輪っかも付いてるでしょ?」

「こ、これか?」

「うん。前に押してみなよ」

「ん…。お、おぉ…」


車輪の輪っかを前に押すと、車椅子が前に動く。

そして、コツンと寝台にぶつかって止まった。


「な、なんだこれ!すごいな!」

「すごいでしょ。高かったんだよ、結構」

「わ、私のために買ってくれたのか?」

「んー。半分当たりで、半分ハズレ。凛のために買ったのは間違いないよ。でも、凛のためだけじゃない。他の歩けない子たちのためでもあるし、急病の子を運ぶことも出来るからね、これは。まあ、これは凛専用になっちゃうかな~」

「………」

「ん?どうしたの?」

「…私なんかより、急病の子のために使う方が大事だ。私が独占してたら、いざと言うときに使えないだろ。…降りる」


そう言って、そのまま寝台の方へ移ってしまった。

それから、足で車椅子をこっちにそっと蹴り返してくる。


「あのね、凛」

「………」

「今は、この車椅子、使っておきなさい。そういうとき用に、ちゃんともう一台、保健室に用意してあるから」

「二人がいっぺんに急病になったらどうするんだ…」

「そういうことを言うんじゃないの。それに、そう思うんだったら、一所懸命立つ練習をして、一日でも早く立てるようになりなさい。そしたら、この車椅子も自由に使うことが出来るでしょ?今、凛に必要なのは、立つための努力と、立ちたいと思える心だよ」

「立ちたいと思える心…?」

「そうだよ。さっきもちょっと見てたけど、立つための努力はしてるみたいだね。でも、心はそれに追い付かない。…まだ、外に出ることに対する怖さってのが残ってるんじゃないのかなって思うんだよ、私は。あの日のことを、まだ克服出来てないんだよ、凛は」

「う、うっさい!やめろ!」


凛はまた震えていた。

自分には分かんないけど、きっと、ものすごく怖かったんだと思う。

馬車に轢かれたっていうことは。

…遙お姉ちゃんは凛の横に座って、そっと髪を撫でる。


「怖がらなくていいんだよ。今度は、私が、みんなが、凛のことを守ってあげるからさ。だから、この車椅子で、ちょっと外に出てみようよ。龍馬には、私から言っておくから。外は怖いところじゃない。楽しいところなんだって…思い出してみなよ」

「楽しいところ…。思い出す…」

「そうだよ。いい機会でしょ?ルウェは桐華と釣りに行くし、凛は車椅子でついていくことが出来る。私でもさ、ちょっと出来すぎだと思うような重なり方だけど。でも、せっかくのこの機会を利用しない手はないよ。…ね?」

「そう…かな」

「そうだよ。ほら、座って座って。早くしないと、ルウェが約束に遅れちゃうよ」

「あ…うん。そうだな…。早くしないと…」


凛は、遙お姉ちゃんに手伝ってもらって、また車椅子に座りなおす。

そして、動かし方を少し教わって。


「じゃあ、ルウェ。これ、押してあげて」

「えっ?」

「ここに取っ手が付いてるでしょ?自分で車輪を回してもいいけど、後ろから誰かに押してもらうことも出来るんだよ」

「ふぅん…」

「ここを握ったら、車輪が止まるからね。右を握れば右が、左を握れば左の車輪が止まるよ。角を曲がるときとかに、曲がりたい方向の車輪を止めたら、楽に曲がれるから」

「うん。分かった」

「じゃあ、行ってらっしゃい、二人とも」

「行ってきます!」

「行ってきます」


凛の車椅子を押して廊下に出る。

部屋の端っこで寝てた明日香も起きて、ついてきた。

…うん。

凛と一緒に釣りに。

楽しくなりそうなんだぞ。

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