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「美味しかったね、ウグイ」
「うん。自分とエルと桐華お姉ちゃんで釣ってきたんだぞ」
「そうらしいね。誰が一番上手かった?」
「桐華お姉ちゃん」
「へぇ、そうなんだ」
「掛かった魚は全部釣ってたんだぞ」
「へぇ~。なんか意外」
「そうかな?」
「桐華さんってさ、なんとなくポヤ~っとしたかんじじゃない?普段のかんじからすると。すぐに魚に逃げられてそうでさ」
「ううん。全然そんなことなかったんだぞ」
「ふぅん」
望は、お湯を被って石鹸を流す。
それから、浴槽に入ってきて。
「ふぅ」
「望は、釣りは好き?」
「ん?うん、好きだよ。こう見えて、結構得意なんだよ」
「そうなの?」
「まあね。ルウェの話の桐華さんほどまではいかないかもしれないけど」
「ふぅん」
「あ、でも、魚を捕まえるだけだったら、明日香の方が上手かな」
「明日香?」
「うん。こう、川の中にジッとして立ってさ、水面を見てるんだ。それで、パッと動いたかと思ったら、口に魚を咥えてるんだよ」
「ふぅん…」
「まあ、そのまま川岸まで持っていって、一人で食べちゃうんだけどね」
「そうなの?」
「うん。お腹いっぱいになったら、魚を捕るのもやめて寝ちゃうし」
「ふぅん」
「保存食用にいくらか余分に捕っておいてくれてもいいんだけどね。それが自然の決まり事だとか言ってさ。捨てるわけじゃないんだし、面倒くさいだけだと思うんだよね」
「自然の決まり事?」
「うん。生命を奪うのであれば、その生命を最大限利用させてもらうこと。生命が失われたのであれば、敬意を表して供養すること。赦されざるは、無益な殺生…ってね」
「ふぅん…」
「だから、必要以上に殺生はしないってさ」
「でも、それはそうなんじゃないのか?」
「そうなんだけどね。でも、この先に奪う生命を、ちょっとだけ先に貰ってるって考えれば、無益な殺生でもないと思うんだけどなぁ」
「どうなんだろ」
明日香は、そのとき必要な分だけを捕って。
望は、先で必要になる分も一緒に捕って。
どっちも無駄にはなってないんじゃないかな。
望が、先に捕ってあるのに、また捕るってんなら別かもしれないけど。
望はそんなことしないし。
「あ」
「え?」
「望とナナヤ、昼に何を買ってたんだ?」
「ん?ちょっとね。頼まれ事があって」
「頼まれ事?」
「今は秘密。そのうち分かるから」
「えぇ…」
「まあ、お楽しみにってことで」
「うーん…」
望はニコニコ笑ってるから、きっと、楽しい何かなんだと思う。
でも、それが何かは教えてくれない。
…頼まれ事って何なんだろ。
すごく気になるけど…。
「ふぅ…。そういえば、ルウェと二人だけでお風呂に入るのっていつぶりなんだろ」
「えっ?うーん…」
「ルロゥでも、ずっと一緒に入れてなかったしね」
「うん」
「他のときも、いつだって誰かが一緒に入ってたし」
「そうだね」
「いっぱいで入るのもいいんだけどね」
「うん」
「まあ、ここは、二人でいっぱいいっぱいだね」
「じゃあ、ここにいる間は、いっぱい二人っきりで入れるんだぞ」
「あはは。そう来るかぁ」
「望はイヤ?」
「ううん。嫌じゃないよ。ルウェのこと、大好きだもん」
「えへへ…」
ギュッと抱き締めてくれる。
望は、柔らかくて、温かくて。
優しくて、心がいっぱいになる。
「自分も、望のことが大好き」
「ふぅん?じゃあ、葛葉とどっちが好き?」
「二人とも大好き」
「…そっか」
「うん」
「…あー、なんか暑くなってきた。逆上せないうちに上がろっか」
「うん」
望は腕を解いて。
それがちょっと寂しい気もしたけど、大好きだっていう想いは変わらないから。
だから、やっぱり、寂しくないんだぞ。
部屋に帰ると、エルとリュウが寝台の上に何かを広げて、それを見ていた。
何だろうと思って覗いてみると、地図だった。
「どこの地図?」
「ルランの地図なの」
「ふぅん…。なんで、そんなの見てるの?」
「ちょっと気になることがあってんて」
「気になること?」
「うん」
「何?」
「この宿ってさ、村の中心にあるでしょ?」
「そうなの?…ていうか、リュウ、ずっとここにいたんじゃないの?なんで、ここが村の中心にあるとか、そんなことが分かるの?」
「朝はここにいたけど、昼からは散歩してたの。帰ったら疲れちゃって、寝てたけど」
「ふぅん。そうだったんだ」
「うん。それでね、ヤマトとかルイカミナみたいに大きな街は置いといて、ルロゥとかの小さい村とかを考えたら、たいてい真ん中に何か大きい樹とかがあって、そこから丸く広がってるかんじだったじゃない?」
「ベラニクは?」
「あそこはあれだよ…。谷の隙間にある山村だから、こういうところとはちょっと違うの…。ルウェの村はどうだったの?」
「え?真ん中に樹はあるんだぞ。丸く広がってるかどうかは分からないけど…」
「うん。村の中心には、目印とか、中心になるべき何かがあるはずなの。でも、この村は、この宿が中心にあるの。それなのに、大きく構えてるわけでもないし、中心には不充分なの」
「ふぅん。それの何が気になるの?」
「だって、中心となるものの周りに村が出来るんだよ?一番最初にこんな小さな宿だけが出来て、それから村になったなんて、考えられないの」
「それでも、わたしは、宿場町ゆうんもあるし、おかしないんちゃうかゆうたんやけど」
「宿場町は、宿が街や村の一番の収入源になってる場所のことなの。宿が真ん中にある場所じゃなくて。でも、今でこそルランは観光とかもやってるけど、本来は農村だって、遙お姉ちゃん、言ってたし。だから、宿場町ではないの」
「ふぅん…。それで、地図を見て、何か分かったの?」
「うん。こっちの村内の地図じゃなくて、ルラン全体の地図を見たら、答えが分かったの」
「ルラン全体…?」
そういえば、エルが、ルランは田んぼの一番端っこからだって言ってた。
リュウが広げた大きな地図を見ると。
「ほら。ここが、わたしたちがいる場所」
「真ん中なんだぞ」
「うん」
端っこがギザギザしてる円のちょうど真ん中。
そこに、自分たちが今いる場所、ルラン市街地と書いてあった。
「この村はここ自体を中心にしてるんだよ」
「…あ、そうなんだ」
「うん。ほんで、リュウて、細かいことによう気ぃ付くんやねってゆうてたんやけど」
「そんなことないの。みんな気付いてるんだけど、気にしてないだけだよ。わたしは、それが気になるってだけで」
「でも、それはすごいことやと思うよ。誰も気に止めんことを、気に止められるゆうんは」
「そ、そんなことないの。わたしは、気にしたがりだから…」
「ううん。やっぱりリュウの能力やと思うよ、わたしは」
「うぅ…」
リュウ、なんか恥ずかしそう。
褒められて照れてるのかな。
とりあえず、自分は、この宿が街の真ん中にあることにだって気付かなかったんだぞ。
それを考えたら、やっぱりリュウはすごいんだなって思う。
今は、鱗と同じくらい、顔を真っ赤にさせてるけど。




