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目が覚める。
見慣れない天井。
…そういえば、ルランに来たんだった。
それで、リュウとエルと同じ部屋になって…。
「おはようございます、ルウェさん」
「おはよ、なんだぞ…」
「まだ眠たそうですね」
「うん…。ふぁ…」
「もう少し寝ていてはどうでしょう。まだ、ちょっと早いので」
「んー…。リュウは…?」
「朝の散歩に出られましたよ。明日香さんと一緒に」
「ふぅん…。エルは…?」
「わたしは、やることがあるので」
「何…?」
「朝ごはんの準備ですよ。お手伝いさんにも入ってもらってるんですが、手が足りなくて」
「お手伝いさん…」
「はい」
お手伝いさん…。
なんか、ちょっと気になった。
なんでかは分からないけど。
「自分も行くんだぞ。自分も手伝う」
「えっ?あ、すみません。ありがとうございます」
「ううん。いいんだぞ、そんなことくらい」
「はい。では、まず、着替えましょうか」
「あ、うん」
ここで貸してもらった寝間着のままだったことを思い出した。
とりあえず、自分の鞄を取って、中から服を取り出す。
それから、ちゃんと着替えて。
「ルウェさん」
「えっ?」
「寝癖が酷いですね」
「そうかな?」
「はい。ピンピン跳ねていますよ。髪が傷んでいるのではないでしょうか」
「んー…」
「あ、そうです。ここにいる間は、わたしがルウェさんの髪のお手入れをしてあげます。ルウェさん、もともと綺麗な髪だから、きっと効果覿面ですよ」
「んー、そうかな。じゃあ、やってもらおうかな」
「はい!任せてください!」
髪のお手入れなんて、考えたこともなかった。
でも、そういえば、旅に出てからは葛葉に櫛を入れてもらうこともなくなったし、もしかしたら、そのせいかもしれない。
んー…。
エルにお手入れの仕方を聞いて、自分でもやった方がいいのかな…。
「あ、すみません。今はとりあえず、厨房に行きましょう」
「うん。分かった」
お手入れはまたあとなんだぞ。
まずは、朝ごはん。
厨房からは、何かいろんな音が聞こえていた。
何かを焼いてるような音とか、お皿を運んでいるような音とか。
あとは、話し声。
「それ、そっちに並べておいてくれ!」
「はぁい」
「こらっ!ミコト!邪魔だっての!」
(んー…。五月蝿いなぁ…)
「翔、弥生!」
「ん?おっ、ルウェじゃねぇか。久しぶりだな」
「うん!」
「っと。再会を喜んでいる場合じゃねぇんだ。てんてこ舞いだ!」
「翔さん、弥生さん、おはようございます」
「エル!助かった!ちょっと、味噌汁を準備してくれ!」
「はい。分かりました」
「自分は?」
「ん?そうだな…。味噌汁を入れるお椀を二十四…いや、お前ら、何人でここに来た?」
「えっ?えっと、五人」
「じゃあ、二十九個だ。二十九個、味噌汁を入れるお椀を出しておいてくれ。食器棚については、弥生から聞いてくれ」
「分かった」
「ルウェ。食器棚はこっちだよ」
「うん」
弥生についていく。
翔が鍋とかご飯釜を見てる後ろを通って、厨房の一番奥。
食器がたくさん入った、大きな棚があった。
「食器棚はこれ」
「うん」
「食器はね、いろんな種類があるんだけど、お椀類はここの上から三つ目の段。それでね、お味噌汁を入れるのは、このお椀だよ」
「ふぅん」
弥生がお椀をひとつ取り出して、見せてくれる。
何の飾りもない、普通の木で出来たお椀だった。
「なんで、こっちのお椀とかじゃないの?」
「こっちの漆塗りのお椀にはお澄ましを入れるんだよ。お澄ましって、お味噌汁とは違って透き通ってるでしょ?」
「うん」
「だから、お椀も、その透明感を楽しめるように、綺麗なのを使うんだ。まあ、お味噌汁も綺麗なお椀を使うこともあるけど、それは普段使いというより、お客さま用だね。ここでも、旅団の人以外の夕飯のときなんかは、こういう漆塗りのお椀を使ったりするよ。使うのは、これじゃないけど」
「どれ?」
「こっち」
そう言って、横にあった別のお椀を取り出す。
……?
なんか、あんまり変わらない。
「どう違うの?」
「お椀の底の模様がないよね」
「うん」
「お味噌汁ってさ、濁ってるから模様があっても最後まで見られないよね。だから、ないんだよ。食べ終わったお皿をしげしげと眺めることもないからね。誰か有名な人が作ったっていうなら別かもしれないけど、有名な人が作ったお味噌汁のお椀にも、模様は付いてないし」
「ふぅん」
「まあ、私が知ってる理由はこれくらいなんだけど」
「そうなんだ」
「うん。でも、とりあえず、二十九個だね」
「あ、そうだった」
「弥生!それ終わったら、漬物の用意!」
「はぁい」
「お椀は、自分だけでも出来るから」
「ん、そう?分かった。じゃあ、お願い」
「うん」
そして弥生は、お漬物の準備に向かって。
自分も、お味噌汁のお椀の準備をする。
…少しずつ、五個くらいずつ。
ゆっくり、持っていく。
「あ、ルウェさん、ありがとうございます」
「うん。これで二十九個」
「そうですか。では、ちょっと味見をしてもらえませんか?」
「お味噌汁の?」
「はい」
「うん。分かった」
「こちらです」
お味噌汁が少しだけ入った小皿を渡される。
それを、ちょっと冷ましてから、飲んでみる。
「…うん。美味しいと思う」
「そうですか。よかった」
「これで出来上がり?」
「そうですね。あとは、このお椀に入れるだけです」
「そっか」
「ルウェ。まだまだ手伝ってほしいことはあるからな」
「うん。分かってるんだぞ」
とりあえず、エルと一緒に、お味噌汁をお椀に入れて。
…ごはんを作るお手伝いって、なかなか面白いんだぞ。
リュウとナナヤは、ここではやらないのかな。
明日にでも、誘ってみようかな。
楽しいことは、みんなでやりたいから。




