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「こっちに向かって来てたんだったら、連絡くれたら迎えにいったのに」
「いや、お前らがここにおることすら知らんかったし」
「あれ?ルロゥにいるって聞いたから、紅葉とヤーリェに、渡し損ねてた越境証明頼んどいたんだけど。届いてない?」
「届いたけど、そんな長い間滞在してるとも思わんかったし」
「んー、まあそうか」
「まあ、知ってても頼まんかったやろしな」
「そう?」
「こいつが五月蝿いやろし」
「あー。まあ、そうかもね」
「し、失敬な!」
「ほんなら、こいつら呼んでも文句言わんかったか?」
「言うよ!」
「はぁ…」
「い、いいじゃん、別に!旅は、街から街への過程が楽しいんでしょ。そりゃ、街に着いてからも楽しいけど…」
「正論だねぇ」
「せやかて、お前かてゆうてたやん。盗賊に襲われるのもいらんして」
「そ、そうだけど…」
「んー。まあ、私たちがいれば確実だよね。護衛を売りにしてるし」
「せや。だから、利用すんのもアリやろ。アリゆうたかて、甘いもんが好きな黒いちっちゃい虫のことやないで」
「…それくらい分かってるけど」
「旅の風情を楽しみたいなら徒歩だし、安全を考えるなら私たちを使う。なかなか両方いっぺんには難しいよね。でもさ、えっと、望とルウェとナナヤは聖獣と契約してるんだよね」
「えっ?なんで、私が契約してるって知ってるの?私、ルロゥで初めて契約したのに…」
「私たちの情報網を舐めちゃいかんね。なんでもお見通しさ」
「どうせ、ターニャと連絡取り合ってて、そこの追伸に書いてあったとかいうオチやろ」
「えっ。よく分かったね。キミも、情報を集めてるのかい?」
「ちょっと考えたら分かるこっちゃろ…。情報やのうて、情報からの推察や」
「あー、なるほどね」
遙お姉ちゃんは、納得したという風に頷いて。
…じゃあ、遙お姉ちゃんは、ナナヤが蓮華と契約したってことは知らないのかな。
ルロゥからここまでの間だから、お姉ちゃんだって知らないことだもん。
「ねぇ」
「ん?どうしたの、ルウェ」
「ナナヤが二人目の聖獣と契約したことは知ってるのか?」
「あぁ、蓮華だっけ。いいよね~、みんないっぱいいて、賑やかそうで」
「…お前、なんで蓮華の名前と、契約してるってことを知っとんねん。ここに来るまで、桐華が告げ口する隙もなかったし」
「えぇ?んふふ~。なんでかなぁ?」
「恐ろしいやっちゃで、こいつらは…」
「そう褒めない褒めない」
「そこまで褒めてへんってことをゆうといたろ。むしろ恐れとるんや」
「いや~、はっはっ。参ったなぁ」
「…お前、桐華に似てきたな」
「桐華が私に似てきたんじゃない?」
ずっと一緒にいるから、お互いがお互いに似てるんじゃないのかな。
自分も、葛葉と似てるのかな。
似てたらいいな。
そしたら、ちょっと嬉しい。
…夕飯のお味噌汁を飲みながら、そんなことを考えて。
遙お姉ちゃんに案内された部屋は、サンの家の部屋よりちょっと大きいくらいで、三人で泊まる部屋と二人で泊まる部屋だった。
でも、お兄ちゃんだけは、シュクチョクシツとかいうところでいいって言って、そこに泊まることになったけど。
「二人部屋ふたつか、四人部屋を用意出来たらよかったんだけどね。上手く隣合ったのがここしかなくて。ごめんね」
「いえ。エルちゃんも入ってもらいましたし。ちょうどよかったです」
「よろしく頼むね。エルも、失礼のないように」
「はい。任せてください、遙さん。旅団天照の名にかけて!」
「そこまで気張らなくてもいいよ…。で、部屋割は?どうするの?」
「どうする?」
「リュウは、前は私と一緒だったしね。同じ相手じゃ退屈でしょ?」
「ううん。ナナヤお姉ちゃん、寝言が面白いから、退屈じゃないの」
「ぅえっ?ね、寝言?どんなこと言ってた…?」
「うーん…」
「………」
「あ」
「えっ?」
「うーん…」
「じ、焦らすね…」
「やめとくの」
「えぇーっ!」
「ふん。なかなかやるねぇ。さすがはうちの看板娘だ」
「そ、それほどでもないの」
「それほどでもあるよ!なんで言わないの!」
「言ったら、面白くないの」
「ジーザス!」
「えっ、何それ?」
「外国の言葉で、なんてこった!とかいう意味だね」
「なんで二人ともそんな言葉を知ってるのよ…」
「ん?私はシャルに教えてもらったんだよ」
「私は秘密の情報網…でね」
「遙さんはすごいなー」
「な、なんで、そんな棒読み?」
「まあ、それじゃあ、私はナナヤと入るよ。ルウェとリュウは、エルと入りたいでしょ?エルも、それでいいかな?」
「うん」「はい。お気遣いありがとうございます」
「あ、みんな、私のことは無視なんだ」
「ハルカサンハスゴイナー」
「もういいです…」
「じゃあ、そういうことで。部屋の鍵はこれですよね?」
「あ、うん。形と数で分かると思うけど、こっちが二人部屋で、こっちが三人部屋。ないとは思うけど、鍵、なくしちゃダメだからね。あと、鍵を部屋の中に忘れちゃダメだよ。ここの鍵、扉が閉まると自動的に施錠されるから。中に入られなくなるよ。最低一人は持って出ること。厠に行くとか、ちょっとした用事なら、この留め具を使ってね」
「おぉ。自動施錠構造ですか~。分解してみてもいい?」
「ダーメ」
「そこをなんとか!」
「ダメに決まってんでしょ…。ていうか、ナナヤ、そんなに鍵好きだったっけ?」
「え?知らなかった?鍵っ子だよ、私は」
「鍵っ子では意味が違うだろうけど…。でも、そんなこと知らなかったなぁ。おくびにだって出してないでしょ?」
「わたしは、ナナヤの鍵、見せてもらったの」
「へぇ、集めてるんだ」
「まあね~」
そう言いながら、鞄から鍵がいっぱい付いた丈夫そうな紐を取り出す。
ん…?
いっぱいの鍵に丈夫そうな紐が付いてる?
んー…?
「鍵だけ?」
「錠前は嵩張るから、ある場所に預けてあるのですよ」
「ふぅん。楓さんのところ?」
「な、なぜ分かった…」
「他にないもんねぇ」
「うっ…。そうだよ…。人脈がないんだよ…」
「でも、ホントにいっぱいあるねぇ」
「そうでしょ~。カッコいい?」
「んー、どうかな」
「ねぇ、わたし、部屋に戻っていい?」
「あ、いいよ。…リュウは興味なし、と」
「もう、一回見たの…」
「あはは、そうだった。ルウェたちはどうする?」
「リュウが戻るなら」
「わたしたちは、また今度ゆっくり見させていただきますね」
「うん」
「そっか。じゃあ、私たちも部屋に入ろうか。ゆっくり見せてあげるよ。ついでに、鍵談義もたんまりとね」
「うん。遙さん、ありがとうございます」
「いやいや。これくらい軽い軽い」
「そうですか?でも、ありがとうございます」
「はいよ~。じゃあ、私も桐華が心配だし、帰るね」
「はい」
「ナナヤ。その鍵、そこに加えちゃダメだからね」
「うっ…」
「じゃあ、お休みなさい」
「お休みなさ~い」
それから、みんなそれぞれの行く方に行って。
自分は、エルとリュウと一緒に三人部屋に。
…今日からしばらくお世話になる部屋。
よろしくお願いします、なんだぞ。




