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「そっか。サンがねぇ」
「うん。だから、帰ってくるまで待っててほしいの」
「分かってるって。まあ、ここを出るのもお昼のゆっくりした時間だしね。サン、それまでに帰ってくるかな」
「分かんないけど…」
「まあ、のんびり待っててあげようよ。時間はいっぱいあるんだしさ」
「うん…」
「いろんなことがあったもんね、ここでは。ヤクゥルのときよりも、離れにくいでしょ」
「ヤクゥル?」
「祐輔がいるんでしょ。忘れちゃった?」
「あぁ、祐輔。祐輔は、なんかもっと、ずっと近くにいた気がしたんだぞ」
「そうなの?」
「うん。…なんでかは分かんないけど」
「ふぅん。でも、なんかそういうのっていいよね。引かれ合う二人ってかんじでさ」
「そうかな」
「まあ、男は移り気って言うしな。もしかしたら、他の女を好きになっとるかもしれんぞ」
「あ、お兄ちゃん」
「もう!そんなこと言わないの!」
開いてた扉のところに、お兄ちゃんが立っていて。
まだ寝間着だけど。
「ホントに、なんでそんなこと言うのかな…」
「あいつは誰に対しても優しいしとるからな。ボンヤリしとるようで、意外とモテモテやぞ。油断してたらパーッといかれてまうで」
「もう!」
「牛か、お前は」
「五月蝿い!」
「あたっ!」
望はお兄ちゃんの頭を叩いて。
それから、そのまま部屋から押し出して扉を閉めてしまった。
「ホントに何なのよ。余計なことばっかり言って…」
「うん」
「祐輔は大丈夫だからね」
「うん。まあ、そうなの?」
「はぁ…。どうにかなんないのかな、あれは…」
「無理なんじゃない?」
「そうだよね…」
「ねぇ。ちょっと、望。開けていいの?」
「え、あ、ナナヤ?どうぞ」
「はぁい」
扉を開けて、ナナヤが入ってきた。
…お兄ちゃんはもういなかったけど。
ナナヤはすっかり旅装をしていて。
「私のさ、鞄知らない?」
「知らないよ…。リュウには聞いたの?一緒の部屋でしょ?」
「今いないんだよね。皐月さんのところに行ってるんだよ」
「いや、まあ、そうだとしても、自分の荷物くらい自分で管理しなさいよ…」
「私、そういうのは苦手なんだよね~」
「もう…。鞄くらい、分かるところに置いとけばいいのに…」
「まあいいじゃない。それよりさ、二人はもう準備は終わったの?」
「んー、私はね。ルウェは、まだもうちょっと掛かるかな?」
「うん」
「サンも待たないといけないし」
「えっ、サン?」
「うん…」
「そっか。お別れだもんね。一昨日のユタナのときも、結構掛かったみたいだし」
「………」
「あはは、大丈夫大丈夫。あのときだって、ちゃんと帰ってきたんだから」
「うん…」
「まあまあ。暗い顔してちゃダメだって。サンが帰ってきたとき、そんなんじゃ余計に哀しむでしょ?笑顔だよ、笑顔」
「…うん、分かった」
ナナヤに頭を撫でてもらって。
…そうだよね。
サンだって、ちゃんと心を決めて帰ってくるんだから。
自分もちゃんとしてないと…。
「まあ、もう一回探してくるよ」
「是非ともそうしてください」
「あとは鞄に詰めるだけなんだけどなぁ」
「なんで、鞄だけなくすのよ…」
「いいじゃん。じゃあ、またあとで」
「うん、まあ」
「はいは~い」
ナナヤはそのまま部屋を出ていって。
…結局、ナナヤの鞄がないってことしか分からなかったけど。
でも、ちょっと元気は出たかな。
荷物は全部片付いて、なんとなく空を眺める。
…あのお城から見える空と、ここから見える空。
違う空のはずなんだけど、同じようなかんじがする。
似たような世界だからかな。
聖獣の世界の空とか、影の世界の空はどうだったかな。
「何を見てらっしゃるんですか?」
「空」
「空、ですか」
「うん。向こうの世界と似てるなって。違う空のはずなのに」
「そうなんですか?」
「自分でも、よく分かんないんだけど」
「そうですか…」
「薫は、どう思う?」
「はぁ、私ですか?私は、向こうの世界の空は見たことはないので…」
「違うよ。聖獣の世界の空と比べて」
「私たちの世界の空ですか?そうですね…。似ているといえば似ていますが、たとえば、クノさまのいる星降る夜は、いつも流星群の夜ですし…。私たちの住んでいる場所は、ここと同じ昼夜の別はありますが…」
「んー…。そういうことを聞いてるんじゃないんだぞ…」
「す、すみません…」
「………」
「あ、ルウェ。おーい」
「えっ?あ、リュウ」
いつの間にか、広場のところにリュウがいて。
こっちに手を振ってる。
自分も振り返すと、リュウは背中の大きな翼を広げて飛んできた。
そして、真っ直ぐ部屋の中に入ってきて。
「何見てたの?」
「空だよ」
「空?」
「うん」
「今日はいい天気なの」
「そうだね」
「旅の門出にはピッタリなの」
「…うん」
「………」
「………」
「笑う門には福来る。ニッコリ笑ってれば、いいことがたくさん、たくさん、集まってくるの。…だから、笑って?」
「うん。そうだよね」
「大丈夫なの。あのね、ルウェと知り合ってからあんまり経たないけど…。でも、わたしでも、ルウェのお姉ちゃんになれるかなって。頼りないお姉ちゃんかもしれないけど、何か悩んだりすることがあったら、遠慮なく相談してほしいなって」
「…ありがと。頼りなくなんてないんだぞ。リュウは、自分のお姉ちゃんだもん」
「えへへ」
「でもね、今は悩んだりしてるんじゃないから。大丈夫」
「そう?でも、無理しないでね」
「うん。分かってる」
そしてリュウは、そっと抱き締めてくれた。
…なんか今日は、みんなに励まされてばっかり。
しっかりしないと。
旅の門出は笑顔で。
だから、自分もリュウを抱き締めた。
笑顔になれる、元気を貰うために…。




