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薫の家。
目の前では、ツクシが丸くなって眠っている。
あと、千早はいるけど、他はいないみたい。
「おはようございます」
「ふぁ…。おはよ、なんだぞ」
「また、あの世界に行ってらしたのですか?」
「うん」
「そうですか。…何か見つけられましたか?」
「うん。見つけたよ」
「それはよかった」
「だけど、あの世界って何なのかな」
「さあ、何なんでしょうね。私にも分かりません。でも、あの世界に行くと、ルウェさまは必ず何かを見つけてくる」
「…うん」
この前も。
でも、あれは葛葉のお陰かな。
今回も、みんなのお陰だけど。
「そうそう。みなさんは、もう一日滞在を延ばしたようですよ」
「そうなんだ…。自分のせいで…」
「いえ。みなさん、ちょうど出発前の休養ということで、ゆっくりと過ごしておられたようです。ルウェさまは向こうに行ってらしたので、もしかしたら、あまりお休みになられなかったかもしれませんが…」
「ううん。充分に休めたんだぞ」
「そうですか。それならよかったです。…しかし、あまり無理はなさらないでくださいね。世界を跨いだということで、境界がかなり揺らいでいたと思われるので…」
「うん、分かってる」
「…本当にですよ?」
「うん。ありがと、なんだぞ」
「いえ…」
やっぱり、心配掛けたよね。
みんなにも謝っておきたいけど、嫌がるかな。
みんな、優しいから…。
「何はともあれ、今はもう少しお休みなさいませ。まだ日も昇っていませんので」
「…うん」
ツクシの方に移動して、ゆっくりと目を瞑る。
ツクシの尻尾はフワフワしてて、薫なんかよりもずっと気持ちよかった。
…薫の毛もフワフワで温かいんだけど。
まあ今は、そんなことはいいかな。
とりあえず、お休みなさい…。
少し、布団の中で寝返りを打つ。
目を開けてみるとまだまだ暗かったけど、いつもの望の寝顔が見えた。
「………」
明日香がのっそりと起き上がってきて、すぐ横に座った。
布団から手を出して少し頭を撫でてあげると、ちょっと不機嫌そうな顔をして。
でも、そのまま布団の中に入ってきてくれた。
明日香の身体を抱き締めると、ほんのりと温かくて。
また明日香はため息をついているけど。
やっぱり優しいんだぞ、明日香は。
もう一度、目が覚めた。
今度こそ朝で。
明日香はもういなかったけど。
「起きた?」
「うん」
「おはよ」
「おはよ、なんだぞ」
「昨日はまた、あっちの世界に行ってたんだってね」
「うん。…出発を延ばしたって、薫から聞いたんだぞ」
「そうだね。でも、ちょうどよかったよ。ルウェには悪いけど、もう一回、村のみんなとゆっくり話せる機会になったからさ」
「…ごめんね」
「謝ることはないって。薫にも言われなかった?」
「言われたけど…」
「ナナヤもリュウも、あと、お兄ちゃんだって、誰もルウェに謝ってほしいなんて思ってないんだから。謝っちゃダメだよ」
「…うん」
「まあ、無事に帰ってきてくれてよかった。あ、いや、ちょっと成長したかな。何があったかは知らないけどさ」
「うん。また話すね」
「そうだね。…と、そうだ。今日もリュウとナナヤが朝ごはん作ってくれてるからさ。一緒に食べに行こうよ」
「うん」
何から話そうかな。
ナナヤは、前に行ったときのことは知らないよね。
じゃあ、最初から?
でも、それじゃ長くなっちゃうし…。
…まあ、とりあえず服を着替えて。
「あ。明日香は?」
「えっ?明日香?さあ、朝の散歩にでも行ったんじゃない?ここにいると、朝ごはんに同席しろって言われるし。私に」
「ふぅん…」
「明日香がどうしたの?」
「ううん。ちょっと気になっただけだから」
「そう?それじゃ、行こうか」
「うん」
部屋を出て、階段を降りていく。
明日香、朝はこっちに来てくれたのに。
やっぱりちょっと、照れ屋さんなのかな。
…照れ屋さんとは違う?
「おはよー」
「あ、シャルさん。おはようございます」
「おはよ、なんだぞ」
「おっ、ルウェ。帰ってきたんだ」
「うん」
「あー、まあ、積もる話もあるだろうけど、今は朝ごはんだね。ほら、居間に行っといて」
「分かった」
そして、シャルはすぐに台所の方に走っていって。
大忙しなんだぞ。
それを見送ってから、居間に入る。
「あ、ルウェだ」
「えっ、ルウェ?」
「おはよ、なんだぞ。サン、ハク」
「あっ!もう!どこに行ってたのよ!心配したでしょ!」
「ご、ごめん…」
「望お姉ちゃんに心配ないよって言われてたけど…。やっぱり心配で…」
「まあまあ、サン。あとでゆっくり話せばいいじゃない。ほら、席に座って」
「うん…」
「あ、そうだ。ルウェが帰ったら報せてほしいって、シフさまが言ってたよ」
「え?うん、分かった」
「報せるんはお前の仕事やろ、ハク」
「えっ、そうなの?」
「あ、お兄ちゃん」
後ろからお兄ちゃんの声がして、振り返ってみるとやっぱりお兄ちゃんだった。
寝間着のシワくちゃな服を着てたけど。
「元気しとったか」
「うん、まあ」
「そうか。それは何より」
「ルウェ!」
「あれ?ヤーリェ?」
「よかった!帰ってきたんだね!」
「う、うん…」
「ほら、ヤーリェ。ルウェが困ってるだろ」
「あっ。狼の姉さま」
「…何か聞きたい様子だが話はあとだ。とりあえず、ヤーリェ。そこは邪魔だから席に座れ」
「はぁい…」
「はいは~い、お待たせ~」
「みんな、朝ごはんなの」
「席に座って座って~」
と、狼の姉さまとヤーリェを押し退けて、シャルとリュウとナナヤが居間に入ってきた。
机にお皿を置いていって。
…うん。
まずは朝ごはんかな。
自分も席に座って。
「よし。みんな揃ったね」
「はぁい」
「じゃあ、合掌。いただきます」
いただきます。




