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「夕飯は何にしようかな」
「決めてあるんじゃないのか?」
「大まかなところはね。でも、最後の一品はまだなんだよね」
「そんなもの、ずっと先に決めておくべきなんじゃないのか」
「そういう人もいるね」
「はぁ…。お前は、いつも無計画だな」
「そんなことないでしょ。あと一品以外は決まってるわけだし」
「それは、お前以外のやつも一緒になって決めることだろ。お前の班には進太もいるし、大方あいつに任せっきりとか、そんなところじゃないのか」
「し、失礼ね。そんなことないよ」
「ふん。動揺してるところを見ると、やっぱりあいつに任せてるんだな」
「ち、違うもん!」
「まったく…。怠けてるやつを甘やかさないように、進太にも言ってあるのに…。他の班員もそうなのか?」
「だから、怠けてないって!」
「調理班としての責務も全うせずに、何が怠けてないだ。厳重注意の罰点を科すぞ」
「そ…そんなこと言って、姉ちゃんこそ何もしてないじゃない!何してるのよ!」
「怠け者の部下や妹を叱るのは、衛士長や姉としての私の責務だと思うんだが」
「怠け者じゃないもん!」
「ふん。そういうことは、ちゃんと進太の手伝いをして、調理班員としての職務を全うしてから言うことだな」
「うぅ…」
喧嘩…じゃないか。
なんか、狼の姉さまが一方的に言ってるような。
よく喋ってるのは灯お姉ちゃんだけど。
まあ、そんなかんじ。
「はぁ…。それで、何が食べたいの?」
「私は別になんでもいい。葛葉とルウェに聞いてやれ」
「葛葉は?」
「あぶらげがいいな」
「油揚げ?じゃあ、ルウェは?」
「葛葉、油揚げが食べられるようになったの?」
「えっ?うん」
「よかったね」
「うん、よかった」
「そういえば、ルウェが前に来たときは食べられなかったよね。吐いちゃって」
「うん…」
「でも、食べられるようになったんだったらよかったんだぞ。好きなものは、好きなだけたくさん食べたいもんね」
「うん。食べたい」
「よかった。葛葉が油揚げを食べられなかったら、どうしようかと思って」
「あはは。自分のことみたいに喜んで」
「だって、葛葉は大切な人なんだもん。嬉しいよ」
「…そっか。よかったね、葛葉」
「うん!」
本当によかった。
葛葉、油揚げ大好きだもんね。
これからは、いっぱい食べられるんだ…。
「じゃあ、今日は油揚げで何か作ることにするよ」
「うん、よろしくお願いします」
「はぁい。じゃあ、早速作りにかかるね」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます。楽しみにしててね」
「うん!」
灯お姉ちゃんは、すぐに立ち上がって医療室を出ていった。
…今日の夕飯は何なのかな。
稲荷かな。
それとも、きつねうどんかな。
楽しみなんだぞ。
また、ユールオの街を見ていた。
綺麗に光ってるように見えて、ちょっと眩しい気もした。
「ただいま」
「あ、姉さま」
「おかえりなさい、お母さん」
「お帰り。どうだった?」
「みんな元気だったよ。涼さんも陽葉ちゃんも順調だし」
「そうか。よかった」
「うん。涼さんは、相変わらず食堂で働いてたけど…」
「ははは。あいつらしい」
「笑い事じゃないよ…」
「まあ、元気なようでよかった」
「うん。それは、まあ。涼さん、また姉ちゃんに会いたいって言ってたよ」
「そうか」
「別にさ、診察じゃなくてもいいじゃない。今日みたいに暇な日は会いにいってあげたら?」
「気が向いたらな」
「もう…。涼さんがこっちに来ても知らないよ?」
「ふん。望むところだ」
「ねぇ。狼の姉さまは、薬師なのか?」
「えっ?うん。いちおう、私の師匠だよ」
「いちおうって何だよ」
「ふぅん…。そうなんだ…」
「そっちの世界の私はどう?誰が師匠なの?」
「えっ?えっと…兄さまがいて、その人が師匠だけど…」
「へぇ、お兄ちゃんかぁ」
「うん。でも、今は旅に出てて、たまにしか帰ってこないんだぞ」
「あはは、そうなんだ」
「ふん。こっちとは大違いだな」
「そうだね」
「こっちの兄さまは何をしてるの?」
「私の兄ちゃんは、薬師じゃないんだ。旅もしてないし下町の劇場で役者をやってるんだよ」
「役者?」
「うん。結構売れっ子らしいんだけど。千両役者って言われてるみたい」
「センリョウヤクシャ?何それ?」
「まあ、言葉から言えば、一年の給金が千両ある役者という意味だが。給金をたくさん貰えるということは、たくさん稼ぐからであって、つまり、人気の役者ということだな」
「ふぅん」
「まあ、下積みで姉ちゃんに苦労を掛けることもあったけど…」
「なんで、狼の姉さまに苦労を掛けるの?」
「そりゃ、二人ってば鴛鴦夫婦だもん」
「鴛鴦は余計だ」
「オシドリ…?」
「仲睦まじい夫婦ってことだよ」
「ナカムツマジイ…」
「そ。鴛鴦夫婦」
「仲がいいってことだよ」
「えっ、葛葉、なんでそんな難しい言葉、知ってるの?」
「む、難しくないよ。セトにご本を読んでもらってるから…」
「本…」
「セトのやつ、どうせまた難しい本を読み聞かせてるんだろ」
「あっ、そうなんだよ。日ノ本の神々ってやつ」
「あぁ、あの本か。まあ、興味深い本ではあるな」
「もう…。姉ちゃんまで…」
「しかし、葛葉に読み聞かせるような類いの本ではないな。子供向けではない」
「うん、ホントに」
…どんな本なのかな。
ちょっと気になるけど。
でも、難しい本だったら、自分は読めないかもしれない。
自分の世界のセトは頼りないし…。
だいたい、その本はこっちの世界にもあるのかな。
うーん…。




