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「ふぅん。そうなんだ」
「クノお兄ちゃんは、心が疲れてるんだろうって…」
「そっか。心がね」
「姉さまは、どう思う…?」
「そうね…。心の疲れってのはあるんじゃないかな」
「そうかな…」
「そのクノって人がどういう意味で言ったのかは分からないけど。私は、心って耳と同じだと思うんだよね」
「耳…?」
「耳って、休む暇がないでしょ?外から来る音って絶え間ないんだから。だから、すぐに疲弊しちゃうんだよ。心も一緒。外から来るものに対して、絶え間なく対応していかないとダメなんだ。楽しいこと、哀しいこと。何に対してもね」
「………」
「たまには何も考えずに、のんびりと過ごすのが一番なんだけどね。耳と同じ」
「でも…」
「こういうときには、なかなか出来ないよね」
「…うん」
「んー。今回はいつまでいるの?」
「分かんない」
「そうなの?まあ、ここにいる間はさ、何も考えずに過ごしたら?こんな言い方をするのはあれだけど…ここには、ルウェの世界の誰もいないんだからさ」
「うん…」
「…ごめんね、こんなことしか言えなくて」
「ううん…。ありがと、なんだぞ」
「………」
この世界には誰もいない…。
誰もいないから、ここで心を休める…。
そのために来たのかな…。
「あ、そうだ。葛葉に会う?まだ医療室にいるんだけど」
「…うん」
「ルウェに言われてからさ、私、ちゃんと向き合うことにしたんだ、葛葉と。それでね、大切なことを忘れてたんだって気付けた。ルウェのお陰で」
「………」
「葛葉、また元気になった姿をルウェに見せてあげたいって頑張ってるんだ」
「そうなの…?」
「うん。だから、ほら。一緒に行こ?」
「うん…!」
葛葉も頑張ってるんだ。
でも、自分は…。
「ほらぁ。そんな暗い顔しないの。葛葉も哀しむでしょ?」
「…そうだよね。今は、心を休めるときだから」
「そうそう。その意気その意気」
「うん」
そうだ。
今は、みんなのことを忘れて。
…ごめんね、みんな。
でも、元気になって、帰るから…!
医療室の一番明るいところ、下の階の屋根にある縁側の入口のところで、葛葉は座っていた。
近付くと、こっちに気付いて。
「あ、ルウェ。ひさしぶり」
「久しぶり、なんだぞ」
「葛葉ね、ちょっと元気になったんだよ。ホントは、ルウェと一緒に広場で遊べるくらいになりたかったんだけど…」
「それは、また今度だね」
「うん…」
「大丈夫だよ。自分、また来るから、ね?」
「うん。ありがと」
「えへへ」
「葛葉。熱とかは出てない?」
「だいじょうぶ。今日はね、ちょうしいいんだ。ルウェが来てくれたからかな」
「そんなことないんだぞ。葛葉が頑張ってるから」
「そうかな…。えへへ。なんか、うれしいな」
「じゃあ、葛葉。ルウェと話してる?」
「うん。あ、でも、お母さんもここにいて」
「ん。分かった」
「えへへ。今日は、うれしい日だ」
「うん」
嬉しい日。
葛葉がそう言ってくれるのが嬉しいんだぞ。
…それに、葛葉が姉さまのこと、お母さんって呼んでた。
ちゃんと、姉さまとの繋がりを取り戻せたんだ。
「ルウェは、今回は、いつまでいるの?」
「えっ?それは分からないんだけど…」
「そうなの?じゃあ、いっぱいお話ししとこうよ」
「うん。そうだね」
「旅はすすんだの?」
「進んだよ。今はね、ルロゥってところにいて」
「ルロゥ?聞いたことあるよ。えっと、おっきなお祭りがあってね、すごくにぎやかになるんだって。葛葉も行ってみたいんだけど…」
「行けるよ。きっと、いつか」
「えへへ。そうかな」
「うん」
「ルロゥっていいところ?」
「うん。この世界のルロゥは分からないけど。大きな神社があってね、シフって神さまがいるんだよ。白っぽい灰色で、すっごく大きな狼なんだけど」
「"真実の暁"シフ」
「えっ?うん。知ってるの?」
「えへへ。セトがね、ご本を読んでくれるんだ。そこに書いてあったの」
「へぇ、そうなんだ」
「でもね、葛葉は、お母さんが読んでくれるご本の方が好きかな。セトのご本は、ちょっとたいくつだから。ねむたくなっちゃう」
「セト、自分が読んでる本を読み聞かせるからね…。何回言っても分からないんだから…」
「どんな本なの?」
「最近は、日ノ本の神々って本かな。だから、シフも出てくるんだよ」
「姉さま、知ってるの?」
「んー…。まあ、セトが読む本って、私のお下がりばっかりだから」
「そうなんだ」
そういえば、セト、姉さまの本棚から難しそうな本を出してきて、大変そうに読んでた。
ジショとかいうのも使って。
姉さまは、センモンショだからやめておけって言ってたけど…。
「姉さまは、センモンショは読むの?」
「えっ?あぁ、読むときもあるよ。まあ、専門書を参照にするよりも、薬師の師匠に教えてもらったことの方が、何倍も為になるんだけどね」
「ふぅん」
「ルウェの世界の私はどうなの?」
「うん。今の姉さまと同じこと、言ってた。でも、セトはセンモンショも読もうとして」
「あはは、そうなんだ。こっちのセトは、専門書は眠くなるとか言ってね。小説とかはよく読んでるみたいだけど」
「ふぅん」
小説は、葛葉も読んでた。
自分も読もうとしたけど、カンジが多くてよく分からなかった…。
でも、こっちの姉さまも、本を読むんだな。
なんか、ちょっと嬉しい。




