255
「寂しくない?」
「寂しいよ」
「そっか」
「でも、哀しい顔してたら、お姉ちゃんも哀しいもんね」
「…うん」
「だから、笑顔で。旅の門出を祝うときの基本でしょ?」
「うん、そうだね」
「それはいい心掛けだ。しかし、哀しみを溜め込むのは心にも身体にも毒だ。溢れるときは、自然に任せて涙を流せばいい」
「うん…分かってる。でも、まだ泣いちゃダメだもんね」
「…そうか」
サンはニッコリと笑うと、空を見上げる。
…まだ泣いちゃダメって。
そうだよね。
まだ。
「あ、そうだ。ルウェはさ、誰にも手紙は書かなかったの?」
「えっ?うん、書かなかったけど。なんで?」
「さっき、ユンディナの郵便屋さんが来て、手紙を集めてったんだよ。そのときに、望お姉ちゃんが手紙を出してたからさ」
「ふぅん」
「誰にってのは教えてくれなかったんだけど。ルウェは知ってる?」
「うん、知ってるよ」
「えぇ、誰なの?」
「聞いて分かるかな」
「分からなくてもいいよ」
「…サン。他人の手紙の宛名はあまり無闇に聞くものじゃない」
「だって、気になるじゃん」
「気になってもダメだ。たとえば、お前が恋文を書いてたとして、それを誰かに知られたりしたらどう思うんだ」
「えっ?望、恋文を書いてたの?」
「話を逸らすな」
「むぅ…。恋文はイヤ、かな…」
「そうだろう」
「でもさ、望は恋文を書いてたの?」
「お前な…。恋文であろうとなかろうと同じだ」
「いいじゃん。気になるじゃん」
「では、今度、サンが恋文を書くようなことがあれば、村中に報せることとしよう」
「何さ、そこまで言ってないでしょ」
「同じことだ。守られるべき秘密というのは、誰しも持ってるだろうに。望が話さなかったなら、話したくない内容なんだろう」
「でも、ルウェは知ってるんでしょ?」
「望が手紙を書いてるところに一緒にいたから…。内容までは知らないよ」
「そら見ろ。お前だけだ、そんな下世話なことを言ってるのは」
「もう…。五月蝿いなぁ、シフは…」
「それで結構だ」
「何よ…」
サンは大きなため息をついて。
…そんなに知りたかったのかな。
それほどでもない?
「あーあ。シフがいたら、女の子っぽい会話も出来やしない」
「そうか。悪かったな」
「ホントだよ…。圭太郎、早く帰ってこないかな…」
「あいつが帰ってきたところで、お前にとっては五月蝿いやつが増えるだけだろ」
「そうかなぁ…」
「ハクはどうしたんだ。朝は来てたけど」
「知らないよ。向こうに帰ってるんじゃないの?こっちには帰ってきてないし」
「ふむ。そうかもしれんな」
「はぁ…。それにしても、暇だなぁ…」
「ユタナの手伝いでもしてきたらどうなんだ」
「手伝うって言ったらさ、お姉ちゃんがダメだって」
「それなら仕方ないな」
「なんでなのかなぁ…。私だって、お姉ちゃんの手伝い、出来るのに…」
「ユタナはそう思わなかったか、もしくは、手伝わせたくない理由があったんだろう」
「手伝わせたくない理由?何それ」
「さあな。それはユタナに聞かないと分からないだろうが」
「えぇ…。分かんないなら、思わせ振りなこと言わないでよ…」
「すまないな。だが、少しは希望が持てるだろう?」
「はぁ…。これで、ただ手伝ってほしくなかっただけだったら立ち直れないよ…」
「そうなのか?私は、お前は割と能天気に構えているものだと思っていたが」
「褒めてるつもりなの?」
「まあな」
「全然褒めてないっての…」
「捉え方の違いだな」
「絶対違う!」
「まあいいじゃないか。そう目くじらを立てることもあるまい」
「何さ、シフのバカ!」
サンはそう怒鳴ると、拝殿の屋根の上に飛んでいってしまった。
…シフ、サンを怒らせちゃったんだぞ。
大丈夫かな…。
「お姫さまの扱いには慣れてるつもりだったんだがな」
「わざとなんでしょ?」
「ふむ。見破られていたか?」
「シフ、なんかちょっと楽しそうだったから」
「そうか。それは不覚だったな」
「でも、なんで?」
「いやな…」
「……?」
「本当に懐かしいかんじがするよ」
「吉野?」
「ああ。面影をお前に重ねるのは失礼だということは分かっているが…」
「前も、そんなこと言ってたね」
「ん?そうだったか?」
「うん」
「そうか…。年を取ってくると、昔を思い出すばかりでいけないな…」
「けど、何回でも思い出したいくらい、楽しい思い出だったんでしょ?」
「ああ、楽しかった。吉野がいて、恵那がいて、みんながいて…」
「ふぅん」
「でも、今も楽しいよ。お前がいて、サンもいて。あの頃に退けを取らないくらいだ」
「えへへ。そうかな」
「だから、申し訳なくもある。お前を、何度も吉野と重ねてしまって」
「シフ、吉野のこと、好きだったんでしょ?」
「…ああ」
「じゃあ、別にいいよ。好きな人と同じように見てもらえるのって、嬉しいもん」
「…同じように、か」
「うん」
「同じようにではないさ」
「えっ?」
「お前はお前、吉野は吉野だ」
そう言って、ほっぺたを舐めてくれる。
…今のってどういう意味なのかな。
ちょっと分からなかったけど。
でも、嬉しい。
たぶん、そんな気持ち。




