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「………」
「あのね、琥珀…」
「………」
「怒ってるよね…?」
「………」
「昨日は…ごめんなさい…。自分、琥珀に酷いこと言って…」
「………」
「えっと…。琥珀に会ったこと、みんなに会ったこと、なかったことになればいいなんて思ってないんだぞ…。みんな、自分の大切な思い出だもん…。その…昨日は…こんなの言い訳にしたくないけど、お祭りで疲れてて…。だから、頭の中がゴチャゴチャになって、大切なことを考えられなかった…。でも、今は、ちゃんと思い出せたから…。ごめんなさい…」
「…知ってたよ、そんなこと」
「えっ…?」
「私だって、それくらい知ってた。ルウェが、お祭りで疲れてたってことも。でも、急にだったから…。聞きたくなかったから…。だから、本当のことを考えないで、今そこにあった事実だけを見て、逃げちゃった…。私の方こそ、ルウェに酷いことをしちゃった…。私の方こそ、ごめんなさい…」
「………」
…琥珀だって、悩んでた。
自分と同じように。
怒ってたんじゃなくて…悩んでたんだ。
「私…ルウェに赦してもらえるか、怖くて…。だから、なかなか来られなかった…。自分から行かないといけないのに、薫お兄ちゃんに頼って連れてきてもらって…」
「そんなの、本当は自分が悪いんだし、自分が琥珀に謝りにいかないといけなかったのに…」
「ううん…」
「まあ、喧嘩の原因がどちらにあるにせよ、二人とも謝ってるんだ。不毛な原因探しはやめて、仲直りしてお開きでいいんじゃないのか?」
「えっ、誰…?」
「あ、流」
「流?」
「よぅ。そっちのは初めましてだな。俺は、影の長をやってる流って者だ。よろしくな」
「影…?何?」
「ふむ?聖獣なのに、影を知らないのか?」
「琥珀は、つい最近に聖獣になったから」
「あぁ。なるほどな。そっちか」
「…どっち?」
「どっちでもいいだろ、この際。それより、だ。お前、薫の居場所は分かるか?」
「えっ?分かるけど…」
「じゃあ、ちょっと教えてくれないか?」
「いいけど、なんで?」
「用事があるんだよ。聖獣の世界や影の世界で会うのは、何かと都合が悪いからな」
「そっか」
「それで、どこにいるんだ?」
「ちょっと待ってて」
少し目を瞑って、薫に呼び掛けてみる。
近くにはいるはずだけど…。
と、思った通り、すぐに後ろから足音が聞こえてきて。
「お呼びでしょうか、ルウェさま」
「あ、喋っていいの?」
「…今は周りに誰もいません。私も、外では一切喋らないというわけでもありませんので」
「知ってるけど」
「………。それで、何の用ですか。琥珀とは仲直り出来ましたか?」
「えっ?」
「うん。出来たよ。ルウェも謝ってくれたし、私もちゃんと謝れた」
「そうですか。それは何よりです」
「おい、薫」
「はい…あ、流…」
「長らく俺を無視するとは、いい度胸だな」
「影が薄いんじゃないか?」
「ふん。面白くないな」
「それで?何か用なのか?」
「ああ。ちょっとな」
「何なんだ?ここで話せるのか?」
「聞かれて困ることでもない。…クノは、なかなか出張ってこれないんだろ?」
「そうだな。クノさまは聖獣の長であるし…。そういえば、お前こそ影の長だろ。こんなところにいてもいいのか?」
「ふん。聖獣の長は知らないけど、影の長は暇なもんだ。あそこにいたって、やることなんざ何もないよ。愛は、今は母さんに看てもらってるし…」
「あ、そうだ。愛は?大丈夫なの?」
「ん?まあな。今はまだ動けないが、明日明後日には回復するだろうよ。ルウェの力を貰って、前より元気になってるくらいだ」
「そう…。よかった」
「俺はビックリしてるけどな。愛はまだ未熟とはいえ、影よりも力の強い人間がいるなんて」
「ルウェさまは、たくさんの聖獣と契約なさっているから。それでなくとも、もともと強い力を持っているし」
「ふぅん。まあ、愛は元気にしてるから安心しろ」
「うん」
よかった。
愛、ちゃんと元気にしてるんだね。
「それでだ。クノが出てこれないなら、お前に連絡係を頼みたいんだ。俺たちが聖獣の世界に行ったり、お前たちが影の世界に来たりするのは、まだ早いだろうし…。この世界でお前と話し合って、クノに報告する。お前にとっては二度手間だろうが…」
「いいよ、そんなの。気にするな。まあ、うん、分かった。一度、クノさまに報告して聞いてみるけど、たぶん許可してくれるだろ」
「そうか、ありがとう。じゃあ、よろしく頼んだぞ」
「ああ」
薫が頷いたのを確認すると、流は少し空を見上げて。
それから、周りを見渡す。
「美しいな、この世界も」
「来たことはなかったのか?」
「いや…。ガキの頃に、親父の言い付けを守らずに、こっちに来たこともあった。最近は来なくなったけど。それでも、愛の話はよく聞いてたよ」
「そうか」
「昔と変わらないな…。いや、変わるところは変わっているけど」
「どこが変わったの?」
「人に活気があるな。今は誰も見えないけど。昔は、自然や災害に怯えてた印象が強かった」
「変わってないところは?」
「口で言うのは難しいが、空気というか、雰囲気というか。そういうのは変わってないな」
「ふぅん」
「変わらない…。変わってほしくない…」
「…うん」
自分たちが生きてる、今このときが一番良いかどうかは分からないけど。
でも、自分はこの世界が好きだから。
…これはずっと変わってほしくないんだぞ。




