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「ルウェさまは、どうして知っていらしたのですか?」
「んー、なんとなく」
「なんとなくで、そんな重要なことを知られては困ります」
「重要なの?」
「重要ですよ!影の世界への扉が開放されたんですよ?」
「まあまあ、薫。落ち着きなさいって」
「落ち着いています!」
「全然落ち着いてないじゃない」
「うぅ…」
「それよりさ、影っていうのが村の名前じゃなくて、新しい世界の名前だってことがビックリだよ、私にとっては。愛ちゃんも、影の世界の住人なんだよね?」
「は、はい…」
「可愛いなぁ」
「は、えっ…?」
「いやいや、こっちの話。ところでさ、影の世界じゃ、黒龍ってなんて呼ぶの?聖獣はクルクスだったよね?」
「………」
「あ、あの…。黒龍は黒龍ですよ…。聖獣はもともと北寄りなので、北の言葉がよく使われてるってだけで…」
「そうなの、薫?」
「…はい。私たち聖獣の世界への扉は、もともと北の地方にしかありませんでした。今では、龍脈を辿ってある程度自由に出入りする術を手に入れましたが」
「ふぅん…。そうなんだ…。じゃあさ、影は?」
「えっと…あの…」
「あぁ、ごめんごめん。質問ばっかりだったね。いろいろ気になっちゃってさぁ」
「いえ…」
「それで、今日は扉を通ってきたの?」
「あ、いえ…。いつも通りに、光と闇の隙間から…。お兄ちゃんに、今日はそっちから行けって言われたから…」
「ふぅん。そうなんだ」
「あ、あの…えっと…」
「ん?どうしたの?」
「その…。か、厠はどこですか…?」
「えっ、厠?もしかして我慢してた?ごめん、案内するよ」
「は、はい…」
そのまま、望と愛は部屋を出ていって。
…さっきから変だと思ったら、愛、おしっこを我慢してたんだ。
「…ルウェさま」
「何?」
「大切なことはすぐにお知らせください。わざわざ勿体つけたことはせずに」
「だって、クノお兄ちゃんと流だってゴクヒリにやるって言ってたんだぞ。薫に報せるのも、クノお兄ちゃんがやると思って…」
「そうですが…」
「まあ、ええやんけ。長老から、ちゃんとお前にも知れ渡ったんやろ?そんな目くじら立てるようなことでもないし」
「あ、お兄ちゃん」
「し、しかし、概要でも報せていただければ…。何かもっと大変なことだと思ってしまいましたし…。ツクシが怪我をしたとか…」
「そういうことは、いくらなんでも定時連絡とか待たんと報せてくるやろ。なんの緊急性もないから、長老もゆったり構えてるんであって。悠奈みたいなガキやないんや。お前やったら、そんくらい分かるやろ」
「…すみません」
「オレに謝るんちゃうやろ。ホンマ、朝から喧しい怒鳴りつけてからに。アホか、お前は」
「………」
「ふぁ…。分かったんやったらよろしい。ほんなら、オレはもう一眠りしてくるわ…」
「あ、うん。お休み」
「お休み…」
「暇なようですね」
「げっ…。クノ…」
「ちょっとついてきてもらいましょうか」
「はぁ?なんでやねん…。オレは忙しいねん」
「人手が足りないんです」
「あぁ、そうですか。それは大変やな。んじゃ、さいなら」
「報酬を出しましょう。怠け者のように、ぐうたら寝ているよりもよっぽどマシでしょう」
「はぁ…。いくら出すねん」
「歩合制です。たくさん貰えるように頑張ってください」
「ふん。そんなことゆうて、ピンハネする気やないやろな?」
「そんなことをすると思われていたとは心外ですね」
「…まあええわ。なんや、仕事は」
「ここではなんですから、それは外で話しましょう」
「へいへい」
「お兄ちゃん、頑張ってきてね」
「おう、任しとき。たんまりと、ふんだくってきたるわ」
「では、ルウェさま。失礼いたします」
「あ、あのっ」
「はい。どうされましたか」
「千早は…迷惑を掛けていませんか?」
「いえ。とても良い子にしてますよ。ご心配なく」
「はい…!不束な妹ですが、よろしくお願いします…!」
「はい。こちらこそ。…では、行きましょうか」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
クノお兄ちゃんは軽く手を振ってから、階段を降りていって。
お兄ちゃんも、それに続く。
階段の下に見えなくなる直前に、手だけ振って。
「千早、元気にしてるんだね」
「はい。クノさまと過ごす時間も長くなってきていますし」
「ふぅん」
「消極的なあの子が、だんだん外の世界にも心を開いてきて。嬉しいんです」
「お兄ちゃんとして?」
「はい。そうですね」
「ふぅん」
「ただいま~」
「………」
「あはは、大丈夫だって。全然長くないよ~」
「……!」
「あ、ごめん」
「長いって?」
「なんでもないよ、なんでもない」
「……?」
「………」
愛は顔を真っ赤にさせて、何も言わずに自分の横に座る。
…長いって、おしっこが?
あんまり、そんなことは感じなかったけど…。
「あ、あのさ、ルウェ…」
「えっ?」
「私…お兄ちゃんにちゃんと聞いてきたから…」
「何を?」
「誓約…」
「あぁ」
「誓約?何それ?」
「聖獣の契約みたいなものなんだって」
「ふぅん。契約」
「うん」
「ね、行こうよ…。準備は出来てるから…」
「うん、分かった」
「あ、行くの?」
「行くよ」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
それで、どうやって行くのかな。
愛は、もうどこかに行っちゃったけど。
自分から別の世界に行ったことないから、分かんないし…。
とりあえず、望の方を見て。
それから、薫の方を見て。
「…分かりました。でも、まず、クノさまに聞いてきます」
「うん。お願い」
「あはは…。なんか、前途多難だね…」
薫が帰ったあと、しばらく望と話して。
それから、戻ってきた薫と、影の世界に行くことになった。




