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広場では、ウチアゲが続いていた。
でも、自分はちょっと疲れたから家に戻って。
部屋の窓から、広場の様子を眺める。
「やはり、騒がしいところは苦手ですか?」
「んー。お祭りならいいかな。でも、今日はもう疲れちゃった」
「お祭りの初日から数えても、もう五日ですしね。お祭りが終わって、疲れが一気に出てしまったのでしょう」
「うん。そうかも」
「ゆっくり休養を取って、また旅に備えましょう」
「…うん」
「どうしました?」
「旅って、何なのかな」
「……?」
「サンとかハクとか、ここでもたくさんの人と出会って、友達になって。でも、また別れちゃう。村にいたときは、そんなことなかったのに。友達に会うなら、すぐそこにある友達の家に行けばよかったのに」
「ルウェさま…」
「明日か明後日になれば、またお別れ。みんなと遠く離れて、もう二度と会えないかもしれない。…自分は、何をするために旅をしてるの?あの日がなかったら、自分は旅に出なくてよかったはずなのに…」
「ルウェさまは疲れてるんです。今日はゆっくりと寝て、嫌なことは忘れてしまいましょう」
「イヤだよ…。忘れるなんて…。みんなのこと…」
「ルウェさま…」
「じゃあ、ルウェは…ルウェは、私と出会えたことも、みんなと出会えたことも、全部なかったことになればいいって思ってるの…?」
「琥珀…」
「そんなのって、自分勝手だよ!何を落ち込んでるか知らないけどさ!私は…私は…ルウェに会えたこと、助けてもらったこと、なかったことになんて出来ないよ!したくない!」
「………」
「ルウェなんて…ルウェなんて…!」
「琥珀…。ルウェさまは…」
「知らないもん!もう、知らないもん!」
琥珀は、そのまま部屋を出ていってしまった。
開け放たれた扉の向こうは、暗い廊下で。
「…ルウェさま。今日はもうお休みなさいませ。琥珀には、私から説明をしておきますので」
「何の説明?」
「………。とにかく。今日はもうお休みなさいませ」
「…うん」
返事をすると、薫は何かを確認するように頷いて、琥珀と同じように部屋を出ていった。
扉はちゃんと閉めていったけど。
…疲れてるのかな、自分。
こんなことを考えるのも…。
旅は楽しかったはずなのに…。
なんでなのかな…。
フワフワと浮いてるようなかんじがした。
すごく、変なかんじ。
でも、前にもあったような…。
「揺らいでいるんだ。お前自身が」
「………」
「今は何も考えるな。今は、ただ身体を休めることだけを考えろ」
「………」
「体力を消耗すると、考えることも後ろ向きになる。脳が本能的に、休養を促しているんだ。元気になれば、また元通りのお前に戻ることが出来る」
「流は…旅をしたいと思う…?」
「ふん。どうだろうな。俺はフラフラと遊びにいける立場でもない。愛もいるしな」
「兄妹で…旅に出てる二人がいたんだぞ…。翔と弥生…」
「そうか。まあ俺も、長なんてやってなければ、旅に出てもよかったかもしれないな。愛も連れて。広い世界に」
「自分は…どうなのかな…。楽しいって思ってたはずなのに…」
「だからそれは、疲労によるものだろう。四人と契約していても、やはり五日も興奮するときが続けば耐えられないのだな」
「…分かんない」
「分からなくていい。今は何も考えるな」
「………」
流は、なんだか生温い舌でほっぺたを舐めて。
でも、ちょっと安心出来た気がする。
なんでかは分からないけど。
今は、何も考えなくていいから…。
「境界が弛んでいる。いつになく。でも、今日は俺が見張っておいてやるから。ゆっくりと休め。黒龍のあいつにも言われたんだろ?」
「うん…」
「…愛も会いたがってた。誓約…聖獣で言うところの契約が出来るってな」
「今朝、来てたんだぞ…」
「そうか。朝早くにどこに行くのかと思っていたが…」
「誓約って何なの…?契約とどう違うの…?」
「誓約と契約の違いは、主体が影か聖獣かというだけだ。本質的には何も変わらない」
「じゃあ、なんで、今までやらなかったの…?」
「しなかったわけではない。出来なかったんだ。お前も知っての通り、影の世界の扉は固く閉ざされて、光と闇のごく僅かな隙間からしか、俺たちは出入り出来ない。だから、人間との関わりもほとんどなかったし、誓約をする機会もなく、聖獣と表裏の関係であることを利用して生き延びる以外に方法はなかった」
「………」
「まあ、そんなところだ。誓約自体をやったことがない…というわけではないんだがな。光と闇の隙間から出ていった影が、その先で誓約をしてくることもあった。でも、それでは全く足りなかったんだ。俺たちが聖獣から独立して存在し続けるには」
「影の世界の扉は開かないの…?」
「さあな。開くかもしれないし、開かないかもしれない。俺にも分からないよ」
「………」
「またお前はそうやって考えようとする。今日はもう考えるな。お喋りも終わりだ」
「…うん」
「お休み」
「お休み…」
流たちは、扉を開けて自由に行き来したいとは思わないのかな。
聖獣から独立して、自分たちの力だけで存在したいとは思わないのかな。
…考えるなって言われたけど。
考えちゃうよ。




