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材木は重たいから、自分たちの出番はなくて。
運ばれていくのを見てるだけだった。
でも、薫は力が強いから、材木運びに駆り出されて。
「いいものを飼ってるじゃねぇか、ルウェ」
「うん。飼ってるのとは、ちょっと違うけど」
「そうか?しかし、やっぱり龍ってのは馬力があるなぁ」
勇作おじさんは薫の胸のところを叩いて。
薫は、そんなことは気にしないで、荷車を引き続ける。
「じゃあ、まあ、俺は先に行って圭太郎の手伝いをしてくるからよ、それ、頼んだぞ」
「うん」
「お前らもしっかり運べよ!」
「うへぇ~い…」
「ふん。気のない返事だな」
「全部、この龍に運ばせたらいいんじゃないスかねぇ?その方が早いっスよ」
「何を甘ったれたこと言ってんだ。もう一本増やすぞ」
「…すんません」
「まったく…。お前ら。俺がいないからって、楽しようとすんじゃねぇぞ!」
「はぁ…」
「誰だ、ため息をついたやつは!」
「………」
「…よし、お前ら全員駆け足だ!ついてこい!ドンケツは、今日の酒は抜きだぞ!」
「えぇ~…」「誰だよ、ため息ついたの…」
「文句を言うな、走れ!」
そう言って勇作おじさんは、材木を担いだまま、ものすごい速さで走っていって。
それを、みんながため息をつきながら追い掛ける。
「薫、駆け足だって」
「………」
薫の背中を叩くと、少しだけ速度を上げた。
…全然駆け足じゃないんだぞ。
「薫ってば!」
「…駆け足で行くと、大切な材木に傷が付いてしまう恐れがありますので」
「でも、勇作おじさんが駆け足だって」
「………」
またちょっとだけ速度を上げる。
これじゃ、速歩きだけど…。
もういいや…。
「はぁ…」
「…申し訳ありません」
「もういいんだぞ…」
「………」
「でもさ、薫って結婚したんじゃなかったの?」
「…まだ婚姻関係にあるわけではありません。今はまだ恋仲、といったところです。ツクシもそう考えてるかは分からないですが…」
「ふぅん…」
「兄妹として近くにいましたので、お互いがお互いをよく知っているんです。だから、なかなか踏み込むことが出来ないんだと思います」
「なんで?」
「…近くにいた者同士が、さらに近くに踏み込むのは、そう簡単なことではないんですよ。特に、男女の間では」
「ふぅん…?」
そうなのかな。
たとえば、自分が葛葉ともっと近付くっていうこと?
でも、葛葉は女の子だし…。
うーん…。
こういうことは、よく分かんない…。
「…それにしても、サンさまは意欲的になりましたね。やはり、ユタナさまが一喝してくださったお陰なのでしょうか」
「うん、たぶん。サン、ユタナのことが大好きだから」
「そうですね。ユタナさまも、いいお姉さまですし」
「うん。薫は、そんな人はいないの?お姉ちゃんとか、お兄ちゃんとか」
「私は年長でしたので。まあ、ツクシとは歳も近いので、上下の別はあまりありませんでしたが。でも、私やツクシの上といえば、すぐに親が出てくるくらいですね」
「ふぅん。でも、家の人じゃなくて、近所の人とかではいないの?」
「そうですね…。いると言えばいるのですが…」
「どんな人?」
「面倒見のいい姉、といったところです。ただ、私たちの世界やこの世界をフラフラと放浪し回ってましたので、ほとんど世話にはなれませんでしたけどね。その人を除くと、私たちの集落には私より歳上の子供はいませんでしたので…」
「ふぅん。薫は、その人にまた会いたい?」
「そうですね。もう何年も会ってませんし。久しぶりに、ゆっくりと話したいものです」
「そっか」
薫は、少し遠くを見て。
…その人のことを思い出してるのかな。
お姉ちゃんみたいな人だけど、いつも旅に出てて家にいない人…。
どんな人なのか、ちょっと気になる。
「いつも強気で、よく笑う人でした。それに、大雑把というかなんというか奔放な人で。それでいて面倒見がいいという、ちょっと変わった人なんです」
「そうなの?」
「あるときに、私たちクルクスの集落にフラフラと来て、そのまま居着いたというような話を聞きましたが、とにかく旅に生きるような人で、たまたま立ち寄っただけなんじゃないかとも言われていましたね。まあ、あの人自身は、私たちの集落に骨を埋めると決めたんだって言い張ってましたけど」
「骨を埋める?」
「はい。そこにずっと住んで、そこで生命を終えたい、ということです」
「ふぅん…」
「今でもずっと放浪の旅に出ているのに、自分の死に場所は決めている。ふふ、やっぱりちょっと矛盾していますよね」
「うん」
「ふふふ。本当に…」
薫、その人のことが好きなんだな。
思い出してるだけでも、すごく楽しそうだもん。
…どんな人なのか、本当に気になる。
「あ、名前はあったの?」
「はい。蓮華、と。レンゲと書いて、レンカです」
「蓮華…」
「はい。まあ…レンゲの花のお淑やかさとは、かけ離れていますが…」
「そんなこと言ったら失礼なんだぞ」
「ふふふ。そうですね」
薫はまた笑って。
あちこちをフラフラしてるんだったら、蓮華にもいつか会えるかもしれない。
一回でもいいから、会ってみたいな。
…それから、最後の角を曲がって、拝殿の前に出た。
拝殿の階段の下には、ぐったりしたみんなが座り込んでて。
勇作おじさんはいないけど。
みんな、だらしないんだぞ。




