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影の子の話が終わって。
大和は、ジッと目を瞑ってしまった。
「わたしが長老さまから聞いたのは、それくらいだよ…」
「ふぅん。でも、そう聞くと、聖獣と影っていうのは対の存在というか、ほとんど同じ存在なんじゃないか?」
「分からない…」
「ふむ。まあ、そうだろうな」
「ごめんなさい…」
「謝ることはないさ。お前は、何も悪いことをしてないだろ?」
「………」
「それにしても不思議だな。大和とルトが追い払ったのも影ならば、お前も影。あっちは攻撃的で、お前は温厚で大人しい。何が違うんだ?」
「あれは影の世界から隔離された影だって、長老さまが…。大きな罪を犯した、隔離された影…。自分たち以外は全て敵だと思ってるって…」
「ふぅん。つまりは、囚人というわけだな。でも、なんでこの世界に?」
「光と闇の間の境界の弛みは、隔離された影も通ることが出来るの…。それで、それがこっちに…。ほとんどは聖獣に撃退されたり、消されたりしてるけど…」
「たまに大暴れするやつもいる」
「うん…」
「えっ、じゃあ、ヤゥトで葛葉がケガしたのって…」
「ああ。オレたちの責任だ」
「狼の姉さまの…?違うでしょ、隔離された影とかいうやつのせいなんでしょ…?」
「ふぅ…」
大和がため息をついた。
それから、ゆっくりと目を開けて。
「俺たちは、お前が強い光を持っていることを知っていた。だから、一緒に旅に連れていこうと思ったんだ。純粋な闇を持つヤーリェと一緒に。でも、不用意だった。様子を見ている間に弛んだ境界から影が出てきて、村を荒らし回ったんだ。俺は応援に出るのが遅れて、でも、セトというやつが影を押し止めていた。それから、二人でなんとか消滅させることは出来たが、村に残った傷は大きかった」
「………」
「俺とセトは、影についてなんとか説明しようとしたんだけど、逆上した村人には伝わらなかったんだな…。お前が今ここにいるのも、そもそも村を追い出されたことだって、俺たちの不注意のせいだ。それから、今まで黙っていたことも…。謝っても謝りきれない…」
「そんなの…」
「………」
「そんなの、別に気にしてないんだぞ」
「………」
「あの日がなかったら、今日もないんだから。自分は、旅に出たことを後悔なんてしてないし、それに、たくさんの人に会って、たくさん話を聞いて、たくさん約束もして。旅に出てよかったって思ってるよ。始まりは、ちょっと辛いこともあったけど。でも、それよりも、もっともっとたくさんの楽しいことがあったんだもん。だから、謝らないで。狼の姉さまも、大和も、悪いことはしてないんでしょ?」
「………」
「…ルウェがそう言ってくれるなら、オレたちは助かるよ」
大和は、目を瞑って俯いたまま顔を上げなかった。
狼の姉さまも、ちょっと笑って、窓の外の方に視線を移してしまって。
…今のじゃダメなのかな。
なんで、二人とも笑ってくれないの…?
「あー、ダメダメ!全然ダメ!」
「サ、サン…」
「みんな、もっと笑顔だよ!せっかく、影ちゃんが遊びに来てくれたのにさ!」
「か、影ちゃん?」
「なんだか知らないけど、影なんでしょ?だから、影ちゃん!」
「そんな適当な…。ちゃんと名前、聞いてあげなよ…」
「じゃあ、ハクが聞けばいいじゃん」
「な、なんでボク?」
「言い出しっぺがやるのは当たり前でしょ?ほら!」
「え、えぇ…?無茶苦茶なんだから…」
「つべこべ言わないの!」
「え、えっと…。お名前は…?」
「…愛」
「マナ?どんな字?」
「アイって書いて、マナだけど…」
「はぁ~。アイね。ふふん、知ってるよ~。片仮名でノって書いて、ツって書いて、ワって書いて、ヌって書くんでしょ」
「…サン、それは受けるって漢字でしょ?」
「わ、分かってるもん!じゃあ、ヤーリェが正しい書き方を言ってみてよ!合ってるか確認してあげるから!」
「ノツワの下に心って書いて、その下にノとヌをくっ付けて書くんだよ」
「ふぅん…。あ、合ってるんじゃない?」
「サン…」
「とにかく!愛、よろしくね!」
「よ、よろしく…」
「サン、大声で誤魔化すのはよくないと思うよ?」
「五月蝿い!ハクは黙ってて!」
「くっ…ふふふ…」
「あっ!愛が笑った!笑われた!」
「え?笑いを取りにいってたんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ!もう…全部ハクのせいなんだから!」
「え、えぇ…。ボク…?」
「そうだよ!」
「ふふふ」
サンのお陰で、張り詰めた空気が和らいだ。
狼の姉さまも大和も、今度は笑っていた。
…ありがと、サン。
ちょっと五月蝿いけど。
「もう!行こ、愛もルウェも!」
「えっ?どこに?」
「お祭りだよ、お祭り!今日で最後なんだから、思いっきり楽しまないと!」
「い、痛いよ、サン…!」
「遅い方が悪いんだから!」
「ま、待ってよ…」
サンに腕を引っ張られながら、もう一回、部屋の方を見る。
開けっ放しの戸の向こうには、笑顔で手を振って見送ってくれてる狼の姉さまと、退屈そうに欠伸をする大和が見えた。
でも、サンが突進するから、すぐに壁の向こうに見えなくなって。
…でも、まあいいんだぞ。
また、いつも通りの狼の姉さまと大和が見られたんだから。




