227
「それでさ、お姉ちゃんがね」
「うん」
「………」
「どうしたの?」
「…ルウェ、なんかつまらなさそうだね」
「そんなことないんだぞ。ユタナがどうしたの?」
「何か気になることがあるの?ねぇ、何なの?言ってみてよ」
「えっ?うーん…。影のことだけど…」
「影?影踏み?影送り?やり方なら知ってるよ?」
「そうじゃないんだけど」
「そういえばさ、さっきは大和と何を話してたの?その話?」
「うん。影の話だよ」
「だから、影って何なの?」
「…分かんない」
「えぇ…?」
「影がどうかしたの?」
氷の粒が舞い上がったかと思うと、いつの間にかハクが隣に座っていた。
今日は、いつもの月人の服じゃなくて、渋染めの普通の服で。
ハクも、なんとなく嬉しそうにしてる。
「何、その服?」
「えっ?えへへ~。シフさまが、月人の服装のままじゃ目立つだろうからって。白霧も使わないんだったらね」
「シフが作ったの?」
「違うよ。ニカルが作ってくれたんだ」
「ふぅん…。じゃあ、なんでシフが?」
「シフさまが、みんなといても変じゃない服を作ってやってくれって頼んでくれたんだって」
「でも、もともとの狼の姿だったら、服なんていらないよね?」
「むぅ…。そんなこと言わないでよ。ボクだって、みんなと遊びたいし…」
「冗談だよ。分かってるって」
「もう…」
「それでさ、影って何なの?」
「えっ?あぁ。うーん…。ボクも、あんまりよく分かんないんだ。でも、とにかく危ないんだって教えてもらうよ。あと、撃退する方法も」
「撃退?影を?」
「そうだよ。気を身体の真ん中に集中させて、影にぶつけるんだって」
「気?気質?」
「えっ?どうなのかな。ニカルは、レンキだって言ってた」
「…何、それ」
「知らないよ。でも、たぶん気質とかの気じゃないと思う。ボクでも、氷じゃなくて光みたいなかんじだし」
「ふぅん…」
「ハクは、影のことはどう思うの?」
「えっ?影?うーん…。だから、よく分かんないんだ。危ないとは教わるけど、何が危ないとかは、はっきりとは教えてくれないし、まだ実際にあったこともないしさ」
「会ったことないの?」
「うん。あ、でも、もしかしたら、この辺に出たやつはシフさまが撃退してくれてたのかもしんない。だから、ボクも見てないのかも」
「ふぅん」
…ハクは、分からないから危ないとも消し去ろうとも思ってない。
大和も、追い返しはするけど、影のことをよくは知らないから、消し去ろうって考えまでにはならないって言ってた。
消し去ろうって考えと、消し去るのはどうかなって考え。
どっちが正しいかなんて分からない。
だって、自分だって影のことは分からないもん。
でも、今日会った影の長。
あの人が、優しい人だってのは分かった。
じゃあ、あのときの悪い影だけじゃなくて、いい影もたくさんいるんじゃないかって。
そう思うのは、変なのかな。
「…なんか難しいね」
「うん」
「なんで?影って悪いやつなんでしょ?とっちめてやったらいいんじゃないの?」
「でも、本当は悪くないかもしれないんだよ?聖獣のみんなは、危ないとか悪いとか言うけど…。ただ、聖獣たちがそう思ってるだけって可能性もあるでしょ?自分には…何が正しいかなんて、まだ分からないけど」
「でも、他に情報がないんじゃ仕方ないじゃん」
「情報がないなら、自分で走り回って掻き集める。それで、自分自身で正しい判断をする。生きていく中で大切なことだ」
「あっ!お姉ちゃん!」
ユタナが、森の道を歩いてきた。
サンはすぐに立ち上がって、ユタナの方へ走っていって。
「お姉ちゃん!」
「一方からの情報では偏りがあって、正しい判断を下しにくい。影というものがどういうものなのか、疑問があるのなら、お前たち自身で情報を集めて、判断してみろ」
「うん!」
「はぁ…。サン…」
「何?」
「ユタナの言うことはすぐに聞くんだね…」
「だって、お姉ちゃんだもん」
「素直な妹で助かるよ」
「えへへ」
「サンは、ユタナのことなら、どんなことだって信じそうなんだぞ」
「だって、お姉ちゃんだもん」
「サン。私の言うことでも、ちゃんと取捨選択しろよ?…とまあ、それは置いといてだ。何してたんだ?影とやらの話か?」
「うん。影の話。聖獣たちの間では悪いやつって噂なんだけど、ルウェはどうかなって。ハクも分からないんって言ってるし」
「ふぅん」
「大和も、影のことはよく知らないから、追い返したりはするけど納得はしてないみたいなことを言ってたんだぞ」
「そうだな。物事に絶対ということはない。特に、感情が影響するような場合に於いては。感情というのは主観であり、時として適切な判断を下す力を大きく低下させる。感情を排しろとは言わないが、感情によって判断を誤る可能性も考慮しないといけない、ということは忠告しておくべきことだろうな」
「お姉ちゃん、難しいことばっかり…」
「ははは。今すぐに分かる必要はないさ。ただ、お前たちは今、誤る可能性のある判断をしようとしてるみたいだからな。まあ、その段になったら、また思い返してみてくれ。私の言ったことが分かったなら、たぶん、それは正しい判断だと思う」
「うん。分かった」
自分も、ユタナの言ってたことは分からなかった。
たぶんハクも。
だけど、そのときが来たら、また思い出してみろって。
だから、今は心の中に。




