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「ヤーリェ。そろそろ時間だ」
「えぇ…。まだ大丈夫だよ…」
「ダメだ」
「ははは。本当にお前は、時間に厳しいな」
「何を言ってるのだ。ヤーリェの快復のためだろう」
「それはどうだろうな」
「なんだと?」
「オレは、このままルウェたちと話していてもいいんじゃないかと思うんだけどな。まあ、この子たちがそれを望めば、の話だが」
「何を…」
「どうだ?ヤーリェ含め。お喋りをしていたいか?」
「うん…。私はみんなと一緒にいたいよ」
「わたしも、ヤーリェともっとお喋りしたいの」
「そうだね」
「自分もそうだけど、ヤーリェのためなら…」
「どうだ、ルト。みんな、こう言ってる。朝はそりゃ、まだヤーリェは本調子じゃなかったってのは分かったよ。でも、半日寝て、今はピンピンしている。お前はどうか知らないが、若いと回復も早いんだよ。外を出歩くのはダメだろうが、こうやって大人しくお喋りを楽しむくらいならいいんじゃないのか?」
「………」
「ふふふ。独占欲か?」
「…そうかもしれんな」
「独占欲なの?」
「………」
「ルトはヤーリェのことが好きだからな。まあ、ヤーリェが好きなのか、ヤーリェの闇が好きなのかは知らないけど」
「………」
「ふふふ。お前たちが、楽しそうにヤーリェと話してるのに嫉妬してるんだろうよ」
「そういうわけでは…ない…」
「どういうわけでもいいけどな。まあ、そうしたいと言うんだったら、このままのんびりとみんなでお喋りしてる方が治りも早いんじゃないかと、オレは思うわけだが」
「しかし…」
「いいんだってよ」
「わ、私はまだ何もいってない…」
「でも、いいんだろ?」
「う、うむ…」
渋々といったかんじで頷くルト。
狼の姉さまは、ひらひらと手を振って。
…なんだか不思議なかんじ。
狼の姉さまの方がずっと歳下のはずなのに、ルトは狼の姉さまに圧されてて。
「ねぇ。ルトは、ヤーリェの何が好きなの?」
「む?」
「ヤーリェが好きだから、独占欲が出てくるんでしょ?紅葉お姉ちゃんも言ってたし」
「私は…」
「そういえば、昨日、ヤーリェの闇は綺麗だって言ってたんだぞ」
「そうなの?」
「そうではあるが…」
「あるが?」
「………」
「望。色恋沙汰に興味があるのは分かるが、あまりルトをいじめてやるな」
「むっ…。いじめてないもん…。しかも、別に興味があるわけじゃ…」
「そうか。それならいいんだが」
「もう…」
望は少しだけ狼の姉さまの方を睨んで。
狼の姉さまは、何のことやらという風に肩を竦める。
…それからは、ルトに何を言われることもなく、みんなで楽しくお喋りをした。
いつの間にか眠ってたみたい。
目が覚めると、いつもの星空だった。
「目が覚めたか」
「うん」
「また境界が緩んでいるのか?」
「いえ。そういった様子はありません」
「そうか」
「あ、薫」
「すみません、ルウェさま。あまりお側に仕えることが出来ませんで」
「龍脈の調査をしてるんでしょ?それならいいんだぞ」
「申し訳ありません」
「…薫」
「あ、はい。すみません、ルウェさま。今、クノさまへの報告の途中でしたので、続けさせてもらってよろしいでしょうか」
「うん。いいよ」
「はい、では。影についての報告ですが。昨日発生したものは、ルトと大和が撃退したそうです。ヤーリェさまが疲弊により倒れられたようですが、他に被害はありませんでした」
「そうか…」
「ねぇ、薫」
「はい、何でしょう?」
「影って何なの?」
「はっ、えっと…それは…」
薫は、クノお兄ちゃんの方をチラリと見る。
クノお兄ちゃんは目を瞑ると、ゆっくりと頷いた。
「では…説明させていただきます…」
「いや、すまない。やはり私から話そう」
「…すみません、クノさま」
「いや…」
「……?」
「…ルウェ。影というのは何か分かるか?」
「えっ?日陰とか…」
「そうだな。光が遮られた闇の部分だ。しかし、それでは説明が足りない。影は…光でも闇でもない、光と闇の中間に存在する部分だ」
「でも、光と闇の間には何もないよ…?」
「ああ。地面を見ればな。地面に映る影は闇で、そのすぐ横には光がある。しかし、地面に映るまではどうだ。光でも闇でもない部分があるだろう?それが、影だ」
「影…」
手の平を見てみる。
ここは星空しかないけど、太陽が照っていれば、下には影が出来る。
でも、下に出来た影は闇で、下に行くまでに通る光でも闇でもない部分が影…。
「お前は強い光を持っている。誰もが羨む…あのルィムナさえも羨むほどの、美しく強い光を。そして、ヤーリェは深い闇を持っている。純粋で深い闇を。それが交わり合うときに、影が手を伸ばしてくるのだ。まずは闇から。そして、光を」
「………」
「影は、負の遺産なのだよ。かつての大戦で、私たちが残してしまった。後片付けは、本来は私たちがしないといけなかったのだが…」
「それが、なんで…」
「すまない…。大戦で人間に愛想を尽かしてしまった多くの聖獣たちは、自身の責務を放置したまま、世界を閉じてしまったのだ…。滅ぶのであれば、それでもいいと」
「………」
「責めるのであれば、いくらでも責めてくれて構わない。私も、その当時を生きた者の一人だ。責めを負う立場にある」
「………」
「ルウェさま…」
「でも…。でも、影は自分とヤーリェが出逢うまでは出てこなかった…。迅お兄ちゃんたちが、何かしてくれてたからじゃないの…?」
「世界が閉じ切る前に、影に封を施したのだ。そして、それしか出来なかった。三名将と言えども。三名将だけでは…。そして、光と闇を近付けないようにと教育もしてきた。今のように、世界が開かれたときのために…」
「………」
クノお兄ちゃんも誰も悪くない。
悪くないのに、どうして今…。
…ヤーリェ。
自分は、ヤーリェとは相容れない存在なの?
最初にヤーリェが言ってた。
自分は…自分たちは…。




