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目が覚めた。
あたりはまだ暗い。
でも、シャルはもういなくて。
代わりに、薫が寝てる。
「薫、薫」
「んぅ…。あっ、はい。ルウェさま、どうなされましたか」
「今日はお祭りなんだぞ」
「はい、そうですね。しかし、まだ朝は早いです。もう一眠りされてはいかがですか?」
「でも、シャルはいないんだぞ」
「ルウェさま。お祭りということで興奮なさっているのは分かりますが、せっかくのお祭りであるのにずっと眠たかった、では貴重な体験が台無しになってしまいます。ちょうどいい時間になりましたら起こしますので。もう少し、お眠りください」
「むぅ…。分かったんだぞ…」
「お休みなさいませ」
目を瞑ると、薫が布団を掛け直してくれて。
今日を、楽しく過ごすために。
もう一眠り…。
ゆっくりと目を開ける。
周りはまだ暗い。
でも、布団の中でもない。
温かい匂いをいっぱい吸い込んで、もう一度、目を瞑る。
「今日はルロゥの祭りらしいな」
「ああ。もう、一年も経ったのだな」
「ははは。一年経とうが二年経とうが、我らは老いてゆくのみだがな」
「ああ」
「…吉野と恵那の形見を、この子に託したそうじゃないか」
「どこから聞きつけたんだ」
「ツクシがな」
「あのお喋り娘か」
「ははは。お喋り娘とは、また傑作だな。ああいう年頃の女の子は、噂話が大好きなんだよ」
「ふむ…。しかし、ツクシはどこでその噂を仕入れてきたのだろうな」
「ニカルから聞いたそうだ」
「ニカル…。意外なところの出典だな」
「寡黙とはいえ、同じ年頃の女の子同士では饒舌にもなるのだろう。…仲良くしているみたいだぞ?たまに、二人でどこかへ行ったりもして」
「ふむ、そうか…」
「しかし、意外なのはお前も同じことだ。ニカルや、あのハクの子と同じくらい大切にしてきたものじゃないか。それを、昨日今日会ったような子に渡すとはな?」
「どうしようが、私の勝手だ」
「ふふふ」
「………」
「…ふむ。しかし、やはりこうして話していると、また三人で集まりたいと思うな」
「伊予など、喧しいだけじゃないか」
「恵那も充分お喋りだったではないか」
「恵那と伊予を一緒にするな」
「ははは。やはり、愛する妻なのだな」
「当たり前だ」
「しかし、形見はこの子に託した」
「もうその話は終わったはずだが」
「…お前の気持ちは分からんでもないさ。でも、お前にそう決心させたものは何だ?まさか、吉野に似ているから、とだけではあるまい」
「………」
「無理にとは言わないが」
「"真実の暁"の名を…継ごうと思うのだ」
「…そうか」
「大変失礼なことであるのは分かっている。しかし、この子を見たとき、吉野が帰ってきたのだと思った。一緒に、恵那もな。私は、二人を忘れることは出来ない。だが、もう変わらないといけないと思ったのだ。…この子と話しているとき、二人にそう諭されたような気がした」
「かつてお前が、私やルィムナの反対を押し切ってまで氷の司を継いだのに、その名を"零下の氷剣"にすると言ったとき、やはりそうだと思ったよ。お前にとって"真実の暁"というのは、"恵那"そのものだったんだろう?」
「…ああ。私がその名を継いでしまえば、もう恵那を示すものはなくなってしまうと考えていたんだ。…ルウェに会うまでは」
「いつ、ルウェに会ったのだ。月守、そして月人にまで、ルウェを指名したと聞いたぞ」
「…ヤクゥルに行ったとき、トルァトに会った帰りにな」
「ほぅ。割と前なのだな」
「ああ。…ちょうど、トルァトとも吉野や恵那の話をしていたところだった」
「偶然は重なるものだな。…いや、重なるから偶然なのか。しかし、お前らしいな。わざわざ月守に指名したりして。ルウェにこれを渡す筋道立てをしていたというわけだ」
「言い方が悪いな」
「考えるのは、いつもお前と恵那の仕事だったな」
「吉野は順序立てて考えるのが苦手だったからな」
「ははは。よく虎太郎や善蔵を困らせていたな」
「そうだな。あそこまで天真爛漫という言葉が似合う者もいないだろう」
「天真爛漫か。ふふふ。よく言えばな。あれはどちらかと言えば、猪突猛進だ」
「その分、この子は聡明に育ってくれたようだ。吉野の良いところはそのままで、悪いところを全部良くしたような」
「ジジィの欲目か?」
「まあ、それもあるかもしれないが。それを抜きにしても、この子は良い子だ。お前もそうは思わないか?」
「…思うさ」
「それに、あのサンという子も。ハクの良き主、良き友となってくれるだろう」
「そうだな」
「…これからは、この子たちが、時代を作り上げていくんだと。ヤクゥルで見掛け、ルロゥに呼び、話し、確かめて、そう思った。だから、託したのだよ。私自身も、変わるために」
「そうか」
「ああ。正直、私事に巻き込んで申し訳ないとは思っている。ただ似ているというだけなのに。この子と吉野は全く関係ないのだし…」
「そうでもないかもしれないぞ?」
「何が言いたい」
「他人の空似とはいえ、ここまで瓜二つだと…な?」
「ふん。お前の妄想力は、歳を経てますます逞しくなっているようだな」
「ふふふ。そうかもしれんな」
吉野…。
犬姫さま…。
自分と何か関係があるの…?
シフは妄想だって言ってるけど…。
自分には…分からない…。




