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樹の根元のところに座る。
今年は今までになく順調に進んでるから、しばらく休んでいてくれって言われた。
…手伝うことはないってことなのかな。
「お姉ちゃんの言う通り、休むことになったね」
「うん」
「………」
「………」
「そういえば、そのいっぱい付けてる飾りは何なの?」
「これ?これはクーア旅団の団員証。こっちはラズイン旅団、これはユンディナ旅団。これが旅団天照で、こっちが旅団月読。あと、ヤマトの採掘証明と、ヤゥトの紋章と…」
「えっ、えっ?いくつ付けてるの?」
「あと、これがリュウに買ってもらった指輪」
「へ、へぇ…。本当にいっぱいだね…」
「うん。みんな、旅の思い出なんだぞ」
「旅の思い出…」
「うん」
「…ねぇ、ルウェ」
「何?」
「旅って楽しい?」
「うん。楽しいよ」
「…そっか」
「そういえば、ハクもいろんなところに行きたいって言ってたよね」
「えっ?ボク?」
「他にハクなんて子、いないでしょ?」
「そうだけど…。いきなりこっちに飛んできたから」
「まあ、うん」
「…確かに言ってたよ」
「あっ…。私がここにいて、ハクだけが旅に出る…なんてことは出来ないんだよね?」
「んー、ルイカミナくらいまでだったら行けるかな。でも、あんまり遠くまでは行けないよ」
「ごめんね…。私、まだ旅に出られなくて…」
「そんなのいいよ。分かってて契約したんだし」
「………」
「ボクも、まだまだサンを守るための力が足りないし。少なくとも、契約が身体に馴染むまでは。それに、ボク、この村が大好きだから」
「…うん。また行こうね」
「そうだね」
二人は頷きあって。
うん。
旅は楽しいから。
きっと、二人も旅が大好きになるんだぞ。
「あ、そうだ」
「えっ?」
「ルウェって、なんで旅をしてるの?」
「えっと、村を追い出されて、望に会ったから」
「えっ?村を追い出されてって…?」
「分からないけど、でも、今は別になんとも思ってないんだぞ」
「で、でも…」
「旅を始めるための日だったって思うんだ、あの日は。葛葉も応援してくれてるし」
「葛葉?」
「うん。大好きな、大切な人」
「ふぅん。会ってみたいなぁ」
「ヤゥトに行ったときは、自分の家に来るといいんだぞ」
「うん、そうするよ」
「ルウェも旅の途中だったら、分からないんじゃないの?」
「みんなに聞けば、教えてくれるんだぞ。村のみんな、優しいし」
「でも、ルウェを村から追い出したんだよね…?」
「サ、サン…」
「うん。何か理由があったんだと思う。みんなが優しいことは、よく知ってるから」
「うん…」
サンはごめんねと謝ると、そのまま俯いてしまった。
…そういえば、みんなが怒ってた理由、まだ聞いてなかった。
ヤーリェが原因かもしれないってことは分かったけど。
絶対帰るって約束したんだもん。
またヤゥトに帰れる日は来るよね。
「ハク」
「えっ?」
「こんなところにいたのか。探したぞ」
「シ、シフさま…」
上から音もなく大きな狼…シフが降りてきた。
シフは、少しハクのことを睨むと、サンに視線を移す。
「お前がサンか?」
「うん…。あなたは…?」
「私はシフだ。ハクが世話になることになったということで、挨拶に来させてもらった」
「あっ、シフ」
「ん?」
「ハクが、よく話してたよ。いろいろ」
「サ、サン…」
「ふむ。何を話していたかは知らないが、今はそんなことはいい」
「………」
「サン、といったな」
「うん」
「ハクを、よろしく頼む。本来であれば、契約の立ち会いのときに言うべきであったのだが、少し用があって席を外していたので今になった。申し訳ない」
「ううん、いいよ。代理の人にも言ってもらったし」
「失礼はなかっただろうか」
「うん。ていうか、ほとんど何も喋らなかったよ」
「あいつは無口なのだ。大目に見てやってくれ」
「うん」
「この子は友達が少ないのでな。迷惑ばかり掛けるとは思うが、仲良くしてやってくれ」
「シ、シフさま…」
「分かってるよ。よろしくね、ハク」
「うん。よろしく」
「…さて、次はお前だが」
そう言って、こっちを見る。
…何なのかな。
ハクは、とりあえず謝っておけと身振り手振りで伝えてくる。
「名前を聞いてなかったな」
「ルウェ、なんだぞ」
「そうか。ルウェか。良い名だ」
「うん」
「それでだ、ルウェ。少し手伝ってもらえないだろうか。出来れば、サンにも」
「何を?」「えっ?」
「龍脈の調査だ。私の分かる範囲だけでは不足なんでな。お前たちの力を借りたい」
「どういうこと?」
「人間の中には、私たちのように龍脈を感じることが出来る者がいる。なんとはなしに天気が分かったり、霊感があるという者は、だいたいがその能力を持っている」
「ふぅん?」
「人によって様々ではあるが、たとえば赤い月を見たことはあるか?」
「うーん…?」
「あっ、私はあるよ!血を飲まなくても平気な日!」
「血?」
「そうだよ」
「魔霊の体質については、また今度聞けばいい。今は龍脈だ」
「うん」
「赤い月が現れる日というのは、特に龍脈の均衡が取れている日だ。全ての龍脈の活動が穏やかになり、どの龍脈が強いとか弱いとか、そういうものが一切ない日なんだ」
「ふぅん…?」
「まあ、そこは深く理解する必要はない。その龍脈の均衡が、月を赤く染めるのだ」
「なんで?」
「ふむ…。夜明けや夕刻は、夜と昼、昼と夜の狭間の時間だ。赤というのは、つまり、狭間の色なのだ。狭間はあらゆるものの間にあり、均衡も隆盛と衰退の狭間だ。だから、それを示すかのように、月の光も赤く染まる。…分かるか?」
「そんなことより、龍脈がどうしたって?」
「サン…」
「だって、全然分かんないんだもん!」
「…まあ、そういうことだ。今は赤い月の話ではないのでな。続けていいか?」
「どうぞ」
「おい、三人で何を喋っとるんや」
「あ、お兄ちゃん」
シフが何かを話そうとした瞬間、屋台の向こうからお兄ちゃんがやってきた。
腰のところに、大きな水筒と木槌を下げている。
「ん?なんかおるんか?この辺に」
「いるよ、隣に」
「ふぅん?なんや、これ。毛皮か?」
「あまり触るなと言ってくれ」
「触ったらイヤなんだって」
「恥ずかしがり屋か」
「違うと思う」
「汚い手で触るからじゃないの?」
「誰が汚いねん」
「お兄ちゃん、シフが見えないの?」
「シフ?"零下の氷剣"シフか?この恥ずかしがり屋が?…まあ、さっきから何もないとこ触ってて気持ち悪いんやけどな」
「お前なんかにシフさまが見えるわけないもん!」
「ハク」
「あ、うぅ…。ごめんなさい…」
「けったいなやつやのぅ。悪態ついてすぐに謝って。…なんか喋っとるんか?」
「うん。あんまり喋ってないけど」
「ふぅん…。白霧の術式ってところか。まあ、なんにせよ、今のうちにしっかり休んどけよ。特にサンは、月人やしな」
「うん」
「ふむ?私はもう一人指名したように思うのだが」
「指名?」
「まあいい。あとで聞いておこう」
「…誰に?」
「ほんならな。一人のときにシフと喋んなよ。独り言ゆうてる怪しいやつにしか見えんから」
「あ、うん。またね」
「ああ。またあとで」
そして、お兄ちゃんはまた向こうに歩いていって。
…結局、何しに来たのかな。
よく分からないけど。
でも、白霧の術式がどんなものか分かった。
自分たちに見えてるものが見えないなんて、なんか変なかんじだけど。
とりあえず、シフの話を聞く体勢に戻る。




