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宿に戻ると、前でユタナが待っていた。
黒い外套は着てたけど、頭巾は取っていて。
でも、なんだか少しソワソワとしている。
「ユタナ!」
「あ、ルウェ」
「どうしたの?」
「い、いや…。お前たちの帰りを待っててだな…。その…少し…お、お礼を…」
「なんで、そんな途切れ途切れなの?」
「ユタナ、あまりお礼とかしたことないんでしょ」
「うっ…。望の言う通りだ…」
「ユタナって、あんまり格式張ったお礼とかしなさそうだもんね」
「ああ…。お礼参りとかはしたことあるんだが…」
「えっ?」
「あっ!神社のだからな!」
「う、うん…」
「………」
「…まあ、今日はそんな格式張ったのじゃないんだし、緊張することもないと思うけどね」
「そ、そうだな…」
そうは言いながらも、やっぱり緊張してるみたいで。
表情が固いんだぞ。
「………」
「…まあ、ちょっと中に入って落ち着こうか」
「す、すまない…」
「謝ることじゃないけどね」
望は、そのままユタナを押して中に入る。
エルと明日香も、それに続いて。
自分も、中に入る。
「タルニアさんに言われたんだ…。まずは家族に実際に会って謝って、それから、旅に出ることを伝えろって…」
「タルニアさんに言われなくても、そんなの当たり前でしょ?」
「そ、そうだな…。それで、望たちにはちゃんとお礼を言っておくようにって…。旅に出る前に、いい経験をさせてもらっただろって。楓にも…」
「ユタナは、二人に言われたからお礼をするの?」
「い、いや…。本当に感謝しているから…」
「じゃあ、そんな理屈なんていらないよね。ほらほら、つまらないこと言ってないで、早く中に入りなって。あとがつっかえてるよ!」
「す、すまない…」
「謝ってる暇があるなら、早く靴を脱ぐ!」
「は、はい…」
ユタナ、なんだか望に圧されてるんだぞ。
それで慌てて、たじたじとしているせいで、なかなか靴が脱げない。
「…何やってんの?」
「あ、ナナヤ。お帰り。もういいの?」
「ん。あ、いや、まだもうちょっと」
「分かった」
「それで、こんなところで何してるの?」
「ユタナがなかなか靴を脱いでくれないんだよ」
「わ、私のせいなのか?」
「なんでもいいから、ちょっとどいて」
「あ、ああ…」
ユタナがどけると、ナナヤはさっさと靴を脱いで上がって。
それから、また振り向いてこっちを見る。
「じゃあ、ごめんね。ちょっと急いでるから」
「うん。またあとで」
「はぁい」
そして、奥に走っていってしまった。
何を急いでたのかな。
…とりあえず、ユタナはやっと靴を脱いで。
自分たちも、あとに続く。
「ほらほら、奥に行って」
「…望、何か楽しそうだな」
「そうかな?」
「なんかこう…嬉しさが弾けるみたいな…」
「そう?」
「望、旅に出るのが嬉しいんだと思うんだぞ」
「あ、そうかも」
「旅は楽しいですからね」
「うん。この先、どんなことが待ってるんだろって考えるとね。そりゃ、楽しいことばっかりじゃないけどさ」
「そう…ですね。出会えば必ず別れがありますから…」
「別れは次の出会いや再会の前準備だから…そう考えてるから、私は寂しくないよ」
「…そうですね。わたし、そんな考え方、思いつきもしませんでした」
「うん。楽しくないことといえば、旅に出てからお金がなかったのを思い出すこと!あれはもう、絶望しか残らないよ!次の街まで、行商の人に会っても、何も買えないんだから!」
「は、はあ。そうですか…」
「あ、今、バカらしいって思ったでしょ!」
「い、いえ…。お金は大切ですし…」
「望。あまりエルを責めるな。困ってるじゃないか」
「でも、エルは旅団の本隊にいるんだし、道中お金がなくて困るなんてこと、ないだろうし」
「そう…ですね。使う用事も滅多にないですが…」
「ほら」
「ほらじゃないだろ。まったく、途中まではいい話だったのに…」
「え?どの辺が?」
「もういいよ…」
そんなことを言ってる間に部屋に着いた。
ユタナはため息をついきながら、戸を開ける。
中には誰もいなかった。
「綺麗に片付いてるな」
「もう、みんなが揃い次第出るからね」
「そうか…」
「ユタナはどれくらいに出るの?」
「昼過ぎだと聞いた。ルロゥへは夕方には着くだろうって」
「夕方?馬車じゃないの?」
「いや、今回は徒歩らしい。ルロゥには厩がないし、ルロゥからもう一度ルイカミナに戻って馬車に乗る方が、管理費も少なくて済むそうだ」
「管理費…」
「タルニアさんは久しぶりの歩き旅だって喜んでたけど、クノさんは乗り気じゃないようだ。野盗やら何やらが出て危ないんじゃないかって」
「でも、クノさんが守ってくれるんでしょ?」
「ああ。タルニアさんも同じことを言ってたよ。クノさんは、さらに困るばかりだったけど」
「あはは。でも、そっちの方が、クノさんらしいかも」
「そうかもしれないな」
望とユタナはクスクスと笑いあって。
自分とエルは、首を傾げるばかりだったけど。
…困るのが、クノお兄ちゃんらしいの?
なんでだろ。
そんなに困ってるのかな。
「でも、じゃあ、ユタナとは同じ道になるかもしれないね。私たちもルロゥだし」
「そうなのか?」
「うん。エルは、どこか分からないんだけど…」
「はい…。すみません…」
「謝ることはないだろ?…また会えることを楽しみにしてるよ」
「はい」
ユタナは、エルの頭を撫でて。
…うん。
エルとも、きっとまた会える。
エルもユタナも、大切な家族だもんね。




