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「聞いた話だから、私自身は知らないんだけどな。私たちの種族は、こちらでは魔霊(まりょう)族と呼ばれるらしい。魔霊の者は、夜、月が出ると、血を求めるようになる」

「血…ですか?」

「ああ。血を飲まないと、身体が疼くんだよ」

「へぇ…。じゃあ、昨日も?」

「ああ。まあ、私くらいの歳になると、もう舐める程度で治まるんだが、症状が出始める六歳から七歳の頃は、多量に摂取しないといけない。だから、魔霊の村は、人の寄り付かない奥地でひっそりと暮らしていたらしい。でも、二十年くらい前…私が生まれる四年から五年前くらいに、新たな土地を求めてやってきた、どこかの軍に攻め入られ、追い出されてしまった。村以外との交流を自ら絶っていたから、どこへ逃げても気味悪がられ、疎まれるばかりだった」

「そんな…」

「そしてあるとき、海の向こうには和平を重んじ、争いも差別もない国があるという噂を聞きつけた村の者たちは、海を渡る決意をしたんだ」

「その国が…日ノ本ですか…?」

「ああ。…そして、いろいろ調べてみた結果、南西から回る航路は海が穏やか安全だが、貿易船しか通ることが出来ない。北からの航路は、危険だが見張られてはいない…ということが分かった。しかし、外海警備隊というのが配置されていて、主要な浜は全て着岸不可だということも分かった」

「それで、ニユタというわけですか…」

「どういうこと?」

「ニユタの海岸線は複雑で、海流も安定しないと聞きます。そんな場所に入ろうものなら、とびきり頑丈な船でも、あっという間に大破してしまうそうです」

「ああ。だからこそ、そこから入るしかないんだ。警備が手薄だからな」

「でも、そんな危険を冒してまで、渡る必要はあったのでしょうか…」

「藁にもすがる思いだったのだろう。…もはや、故郷に私たちの居場所はなかったからな」

「………」

「それから、海を渡った。ちょうどいいときを狙ったらしい。それでも荒れることもあって不安な船旅だったようだが、奇跡的に、全員無事に辿り着くことが出来た。私が生まれたのは、その船の中だったらしい」

「そうなんですか…。よかったです…」

「ああ。それから、外海警備隊を避けて、どんどん内陸に向かったんだ」

「へぇ…。大変なときだったんですね…」

「そうだな。…まあ、和平を重んじ、争いも差別もない国なんてのは大袈裟だったが、それでも、私たちの故郷よりもずっと少なくて、温かかった。好奇心旺盛な人が多く、外国から渡ってきたと分かると、興味津々といったかんじで近寄ってくるのが少し気になったが、どこへ行っても歓迎されたらしい。それに、雑多な種族が一緒に生活していて、助け合っていた。そんなことは、故郷では考えられなかったそうだ。まさに、新天地だったというわけだ」

「そうだったんですか…」

「ああ。そしてそれからは、どこかの村で世話になっていたらしいけど、引っ越しやら何やらで散り散りになり、私はルクレィに来ることになった…というわけだ」

「へぇ…」

「とまあ、そんなかんじだな。私の聞いた話は。もちろん、こうやって話を聞くよりももっと大変だったろうことは想像に難くないがな」

「はい…」

「私はここで育ったんだから、外国人に見られるのは違和感があって、それが嫌であんな外套を着てたんだ。でも、それじゃダメだったんだな。自分で世界を閉ざしてたんだ」

「そうですね」

「はっきりと言うな」

「私も似たようなものでしたし」

「そうか」


ユタナは少し笑って、また空を見上げる。

それにつられて空を見ると、郵便屋さんがまた通り過ぎていった。


「…ふぅ」

「どうしたの?」

「いやな、お前たちに話したらスッキリしたんだ」

「何が?」

「何だろうな。でも、今までにないくらい清々しい気持ちだ」

「ふぅん」

「…私は変わるのかな」

「どうなのかな」

「どうなんだろうな」

「ワゥ!」


明日香はトンボを追い掛けている。

面白いのかな。

でも、跳ねたり走ったり、すごく楽しそう。


「そういえば、なんでユタナさんは外套を着ると寡黙になるなんですか?」

「え?どうなんだろう。そんなに喋らないか?」

「うん。全然喋らない」

「そうか…。自覚はないんだがな…」

「えっ?自覚ないんですか?全然違いますよ?」

「ふむ…?」

「自覚がないことに驚きです…」

「頭巾を被ると、本当に何も喋らないんだぞ」

「ほぅ…。でも、原因を考えるに、たぶん相手の顔が見えないから喋られないんじゃないかな。会話というのは、言葉を交わすだけのことじゃないだろ?相手の表情を見て、相手の考えてることを感じ取って、それから、言葉を交わして。そういうものだと思ってる。だから、頭巾で相手の顔を隠し、自分の顔も隠し、ただ言葉を交わすことだけに徹そうとしているから、自然と口数が減るのではないかな。さっきも言った通り、自分の世界を閉鎖して、会話をしようとしていないから」

「へぇ…。そうだったんですか…」

「あくまで推測だ。私には自覚がないからな」


そう言いながら、外套を手に取って眺めている。

自覚がないって、本当なのかな。

あんなに変わるのに。

うーん…。

でも、考えてても仕方ない。

もう一度空を見ると、さっきの銀梟の人がすごい速さで飛んでいってた。

ユタナは気付いてないみたいだけど。

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