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目が覚めるとナナヤの顔が見えた。
まだ寝ていて、ちょっと口が開いてて間抜けっぽかった。
「おはようございます、ルウェさま」
「おはよ、なんだぞ」
「よく眠れましたか?」
「うん」
「よかったです。朝ごはんにはまだ早いようですが、どうしますか?」
「もう起きるんだぞ」
「そうですか」
目を擦って、伸びをして。
起き上がると、薫は乗りやすいように姿勢を低くしてくれた。
「んしょ…と」
「どうしますか?少し、散歩に出ましょうか」
「うん」
「はい」
ゆっくりと歩いていく。
広い宿だから、薫が歩いてもまだ余裕があった。
「ツカサさまは…」
「え?」
「ツカサさまは…どうして、私たちを襲ったりしたのでしょうか?」
「聞かなかったの?」
「…はい」
「そっか」
「守る…という言葉に反応していたようですが…」
「そうなの?」
「ええ。簡単に守るなんて言うなって…」
「守る…」
「私が、ルウェさまをお守りすると言った直後でした。ツカサさまは、何か守りたいものがあったのでしょうか」
「ナナヤとマオじゃないの?」
「あのお二方ですか?」
「うん」
「そう…ですか」
薫は少し目を遠くに向けて。
それから、フルフルと首を振った。
「どうしたの?」
「いえ…」
「ふぅん?…そういえば、昨日は何をしてたの?ナナヤたちと一緒に帰ってきたけど」
「盗賊団脱退の準備をしてました。ほとんど私物はなかったようでしたので、すぐに片付きましたが。あとは、動きを悟られないように待機しておりました」
「ふぅん」
「すみません。勝手な行動を取ってしまって」
「ううん。それはいいんだぞ」
「ルウェさまとナナヤさまが診療所を出たあと、ツクシに作戦内容を伝えられまして…」
「なんでツクシ?」
「ユゥクさまの伝言役として働ける、一番身近にいる聖獣はツクシですから」
「ユゥクお兄ちゃんは契約してないの?」
「そういう話は聞いてませんね。それに、その場合だとツクシを使う必要がありませんし」
「そっか」
「はい」
薫が廊下を歩く音だけが聞こえる。
こんなに静かだったかな。
息を吸うと、空気が冷たいことに気付いた。
「薫って、いつでも自分より先に起きてるよね」
「ルウェさまに仕える身として、当然のことですので」
「自分が寝るときも起きてるし…。ちゃんと寝てるのか?」
「はい。お気遣い、ありがとうございます」
「むぅ…」
「大丈夫ですよ、私は。ルウェさまこそ、ご無理のないようにしてくださいね?」
「うん…」
でも、やっぱり薫が心配。
だって、眠れなかった自分より寝てないんだから。
薫も…何かの病気なのかな…。
玄関を過ぎて、街の通りに出る。
人はいなくて、犬が一匹だけで道の真ん中を歩いていた。
「…病気だとしたら、不眠症と言うより、恋の病でしょうね」
「え?」
「私はすっかり、ルウェさまに心酔しているようです」
「………」
「なぜでしょうね。主人を取ってこなかった、今までの自分が恨めしいです。しかし、これだけルウェさまに心酔している自分も、少し信じられないんです」
「…ありがと」
「いえ…。お礼を言うのは私の方ですよ。ルウェさまにお仕え出来て、本当に良かったです」
「…うん」
薫は静かに歩いていく。
どこに向かってるのかは分からないけど。
でも、薫と一緒なら安心出来る。
「そういえば、薫はツクシのこと、どう思ってるの?」
「ツクシ、ですか?ツクシは…出来の良い妹ですね…」
「それだけ?」
「…と、申しますと?」
「好きじゃないの?」
「好き…ですか…。ルウェさまの言う好きという感情は、恋愛の対象でという意味ですか?」
「うん」
「………」
「どうなの?」
「正直、私にも分からないんです。小さい頃から兄妹として、ミコトや千早と同じように接してきました。確かに、素敵な女性になったとは思いますが、この感情が果たして恋愛と同じ感情なのかどうか…。それに、ツクシ自身、どう考えているかも…」
「そんな難しいことは聞いてないんだぞ。薫は、ツクシのことが好きなの?」
「…好きですよ、女性として。毎日の報告会が待ち遠しいくらいです。でも、ツクシの考えていることは分からない。私のことは、あくまで兄としか考えてないかもしれない。他に好きな男がいるかもしれない。そういったとき、私が告白をすることによって一番傷付くのはツクシなんですよ。私には、そんなことは…」
「それって、逃げてるだけなんじゃないのか?ツクシを楯にして」
「………」
「好きなら好きって伝えないと。逃げてたら、いつまでもツクシの考えてることなんて分からない。…もしかしたら、薫が逃げてることに傷付いてるかもしれないんだよ?」
「………」
薫は黙ったままだった。
何かを言おうとして、でもやめて。
…待ってるかもしれないのに。
ツクシは、薫のこと…待ってるかもしれないのに…。
「…分からないです」
「薫…!」
「でも…ルウェさまの言う通りかもしれません…。私は…」
「自分、薫のこと、しっかり応援するから。だから…ツクシに伝えてみて」
「…はい」
目を瞑って、それからゆっくりと頷く。
もう一度、目を開けてこっちを見たときには、もう迷いはないみたいだった。
…薫。
応援してるから。
だから…。




