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太陽もかなり傾いてきて、宿の部屋にも斜めに光が入ってきていた。
横の庭を見ながらゆっくり話していると、ナナヤは次第に口数が少なくなって。
「あの…」
「え?何?」
「私、そろそろ帰らないと…」
「そうなの?家はどこ?」
「えっと、あの…」
「私が送ってきます」
と、薫が目の前に現れる。
ちょうどいいところだったし、話を聞いてたのかな…。
「近いの?」
「いえ」
「なんでお前が答えんねん…」
「近くは…ないよ」
「そうか。しかし、なんで薫が送っていくんや?ナナヤの家知っとんのかい」
「はい」
「はいってなぁ…。オレらにも教えるわけにはいかんのか」
「ごめんなさい…」
「いや、教えられんねやったらええ。…それに、近々引っ越すんやろ?」
「…はい」
「えっ、なんで知ってるの?」
「まあ、ちょっと考えたら分かるこっちゃ」
「え?何を考えるの?」
「ニブチンのお前には分からんわな」
「あっ、何よ、それ!」
「ふふふ」
「どうしたの?」
「私も、いつかそんな風にみんなと話せたらいいなって」
「えっ?」
「ごめんなさい。隠すつもりはなかったんだけど、私…盗賊団の一員なんだ」
「えっ、嘘っ?」
「ほうか」
「お兄ちゃん、知ってたの?」
「だいたい分かるやろ。顔の傷痕、斑鳩組のおっちゃんと話してた内容。他にも気になるところはあったけどやな」
「そうなの?」
「鈍感やな、お前やっぱり」
「むぅ…。何よ…」
「…みんな、私が盗賊団って聞いて、何も思わないの?」
「何を思うの?」
「その…怖いとか…」
「あはは、そんなこと思わないよ。ナナヤ、優しいの分かるもん。それに、ルウェが信頼するのは良い人しかいないから。それが決め手かな」
「うん」
「オレもリュウも似たようなもんや。お前は、なんや黒眼鏡掛けてたり、顔に傷あったりするけど、悪いやつやないのは分かる」
「………」
ナナヤは俯いていた。
リュウが顔を覗き込むけど、今回は顔を逸らさなかった。
「泣いてるの?」
「………」
「どうしたの?」
「嬉しくて…。でも、涙が出るの…」
「……?」
リュウに抱き締めてもらって、でも、ナナヤは泣いていた。
嬉し涙…なのかな。
涙は心の血だって姉さまが言ってたけど、嬉し涙は心の涙だとも言ってた。
どういう意味かは分からなかったけど。
「私…他人にこんな優しくしてもらったことない…。盗賊はどこも誰も冷たくて…。ツカサとマオが唯一の家族だった…。でも、顔に傷が出来てからは、二人とも塞ぎ込んで…。寂しかった…。今日、みんなに会えてよかった…。よかったよ…」
「…私たちは他人じゃないよ。ナナヤはもう、私のお姉ちゃんだよ。…ダメかな」
「……!」
ナナヤはさらに大粒の涙を流していた。
…嬉し涙は心の涙。
今なら分かるかもしれない。
ナナヤは、自分のお姉ちゃん。
ツカサも、マオも。
だから、きっと、この涙も、心の涙なんだ…。
ナナヤは、薫に送られていった。
今夜の準備があるからって。
…戌の刻、だったっけ。
薫に様子だけ見にいってもらおうかな…。
「…ナナヤ、大丈夫かな」
「何がやねん」
「傷。心の」
「大丈夫やろ。あいつは、お前が思てるより強いぞ」
「わたしも、そう思うの」
「そう…なのかな」
「お前、ナナヤが信じられんのか?」
「そうじゃないけど…」
「ほんなら、ゴタゴタ言いな。しっかり構えて、見守ったれや」
「うん…」
「ナナヤのゆうてた、ツカサとマオってのが気になるけどな。しかし、あいつらに何か転機があるらしいってことしか分からんのが、もどかしいな」
「何があるの?」
「知らんがな…。お前、露店街で何しとってん…」
「えっ?装身具を見てたりしてたけど…」
「周りのことも、ちょっとは気に掛けろよ…」
「うぅ…」
「まったく…」
お兄ちゃんは大きなため息をつく。
望、話を聞いてなかったのか?
「まあ、とにかく。近々、盗賊やないあいつらに会えるかもな」
「あいつら…?」
「ナナヤ、ツカサ、マオ。三人おんねやから、あいつらやろ」
「あぁ…」
「お前は、ホンマに人の話聞いてへんねんな」
「今日はたまたまだよ…」
「ふぅん?」
「何の話をしてるのかしらぁ?」
「あ、タルニアさん」
部屋に入ってきたのは、お姉ちゃんとクノお兄ちゃんだった。
お姉ちゃんは、手にちょっと大きめの扇子を持ってて。
「鉄扇か?恐ろしいやつやのぅ」
「…タルニアさま」
「あら、失礼。ちょっと暑かったから」
「鉄扇で扇いでるやつとか見たことないけどな」
「いいじゃない。それより、ちょっと手伝ってくれないかしらぁ。手が足りないのよ」
「猫の手も借りたいってか?あいにく、猫はおらんからな」
「じゃあ、優しい狼さんと小さな龍さんたちの手を貸してもらおうかしら」
「はい!タルニアさんのためなら!」
「おい、オレはいな」
「あなたは五月蝿いから要らないわ」
「なんや、それは…」
「さあ、行きましょうか」
「はぁい」
「おい、待てや!」
「あら、手伝ってくれるのかしら」
「作業手当は貰うからな」
「そう。助かるわぁ。じゃあ、今度こそ行きましょうか」
「うん」
何をするのかな。
でも、なんだかやらなくちゃいけないことのような気がしていた。
ううん。
やらなくちゃいけないことなんだ。
一瞬、あの三人の顔が思い浮かんだ。
うん。
あの三人のために。




