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「今何時くらいだろうね」
「巳の刻くらいじゃないでしょうか」
「そっか」
「…ここは日の光が入ってきませんね」
「洞窟の一番奥だしね」
「外には出ないんですか?」
「ルウェにも言ったんだけど、この傷がね」
「…その傷がどうしたって言うんですか。外に出たいなら、外に出ればいいじゃないですか」
「うん…そうなんだけどね…。でも、実際のところはそうはいかないんだよ?こんなところにこんな傷が出来るのは、任侠者くらいなんだから。この傷を見ただけで、私がどういう人間か分かっちゃうんだよ」
「任侠者って…どういうことですか?」
「私たち…さっきのツカサとかマオも含めて、盗賊団の一員なんだよ」
「そうなんですか…?」
「うん。ここは盗賊団の隠れ家なんだよ」
「へぇ…」
薫は周りを見回す。
少し、おどおどした様子で。
それを、ナナヤはなんとなく寂しそうに見てて。
「そういうのが嫌なんだ、私は…」
「す、すみません…」
「いいよ。もう慣れたからさ」
「すみません…」
「私は、もうみんなを怖がらせたくないんだよ。この傷を見たら、みんな…」
「そんなことない!」
「えっ…?」
「薫!」
「は、はい…」
薫に飛び乗って。
ナナヤは何が起こるのか分かってないみたいだったから、薫の背中を叩く。
そしたら、薫はナナヤの服の襟元を咥えて背中に乗せた。
「えっ、ちょっと…?」
「薫!」
「はい」
一気に加速する。
部屋を飛び出て、長くて暗い洞窟もどんどん後ろに流れていって。
「光に抵抗がない場合、目をやられる場合があります」
「待って、どこに行くの!?」
「危険ですので、しばらく目を瞑っていてもらいます」
「わっ!何これ、土!?」
「…ルウェさま。本当によかったのでしょうか」
「うん。この洞窟は暗すぎるんだぞ。だから、ツカサもマオも!」
「…では、行きますよ」
明るい光が見えてきた。
太陽の光。
「光があるから、闇を見つめられる。闇がなければ、光は見えない」
「え?何?聞こえない。ていうか、見えない!」
「ナナヤさまに、ルウェさまの光を当てるということですか?」
「ううん。太陽の光だよ。闇を照らし出す光に!」
洞窟を出た。
眩しい光に目を細める。
まずは、ナナヤ。
闇の中から。
闇と光の、世界へ。
景色はどんどん過ぎていって、いつの間にか目の前には、ルイカミナへ入るための門が。
「どうします?」
「どうするの?」
「どうしましょう?」
「うーん…」
「空はダメ、門もダメとなると…下しかないですね」
「うん」
薫は一度高く飛び上がると、地面に突っ込んだ。
そしてそのまま、地面の中を走っていく。
穴を掘ってるわけでもなく、土が薫だけを避けてるような、そんなかんじ。
「いちおう、これでも土を司っていますので。これくらいは朝飯前ですよ」
「もうすぐお昼なんだぞ」
「ふふ、そうですね。…ところで、ナナヤさまはどうされました?」
「いるよ」
「そうですか。口数が減ったように思いましたので…」
「つ、掴まってるだけで精一杯だよ…。な、何が起こってるの…?」
「もうすぐですので、しばしご辛抱を」
「は、はぁ…」
そういえば、薫も上に向いて走り始めてる。
どこに出るのか分かってるのかな。
分かってるよね。
「出ますよ」
「うん」「………」
そしてもう一度、眩しい光。
目が慣れるまで、さっきほどは掛からなかった。
出たのは広場の真ん中。
でも、こっちを見てる人はいなかった。
薫がしゃがんだので、背中から降りる。
ナナヤの手を引っ張って降ろしてあげると、薫はまた立ち上がって。
「すみませんが、ここからは歩いていってください。私は目立ちすぎますので」
「うん。ありがと」
「いえ。では、失礼します」
「ありがと」
そして、薫は音もなく消えた。
…ところで、ここってどこなの?
こんなところ、来たことないんだぞ…。
(ボクの出番かな)
「あ、悠奈」
(匂いで探してみるよ。ついてきて)
「うん。ナナヤも行こ?」
「う、うん…」
そういえば、まだ目隠し代わりの土はくっついている。
薫はいないのに、どうなってるのかな。
(見つけた。こっち!)
「あっ、待ってよ!」
(早くしないと、置いてっちゃうからね!)
そして、悠奈は走り出した。
もう…。
目隠しされてるナナヤがいるのに…。
とにかく、急いで追い掛ける。
(うん、こっち)
「待ってってば!」
悠奈は、お店がいっぱい見える方とは違う方向に走っていく。
ときどき、地面とか空気の匂いを確かめながら。
(こっちこっち!)
「速いってば!」
「はぁ…はぁ…」
ナナヤは、もう息が切れてきたみたい。
それに気付いてないのか、悠奈は速度を落とさない。
「悠奈!待って!」
(んー)
「悠奈!」
でも、悠奈は走っていってしまって。
…結局、広場を抜けたところで見失ってしまった。
「もう…。悠奈は…」
「はぁ…はぁ…。ちょっと休憩させて…」
「うん。ごめんね。ここに座って」
「うん…」
道のところにあった椅子に、ナナヤを座らせて。
それから、周りを見回してみる。
うーん…。
ここ、どこなんだろ…。
迷子…なのかな。
「あれ?ルウェ?どうしたの、こんなところで」
「あっ!」
その声に振り向く。
迷子にならなくて済んだんだぞ。
茜お姉ちゃんに、飛びついた。




