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「美味しいでしょ?」
「うん」
「ルイカミナで、とっても有名なお店なんだよ」
「ふぅん」
「また買ってきてあげるね」
「うん!」
「…それで、ツクシはどうしたの?」
「茜お姉ちゃんも分からないの?」
「分からないよ…。何があったの?」
「えっと、如月が子供の指導役だったの」
「うん。それで?」
「それだけだよ」
「ふぅん…。なるほど…」
「えっ。茜さん、今ので分かったんですか?」
「だいたいね。思い当たる節もあるし」
「そうなんですか?」
「うん。ツクシってね、子供が怖いんだよ」
「怖い?でも、七宝たちと仲良くしてるじゃないですか」
窓の外、ちょっとした庭でツクシは悠奈、七宝、琥珀と遊んでいた。
元気がなくなる前のことを考えても、子供が怖いなんて全く思えない。
「だから、そういう怖さじゃないんだよね。なんていうか、割れ物を扱うみたいな怖さなんだよ。昔に何があったのかは知らないけどさ。とにかく、あの子は何かを怖がってる」
「ふぅん…」
「ルウェのさ、薫なら知ってるんじゃない?ツクシと幼馴染みなんでしょ?」
「うん。知ってるかも」
薫を呼んでみる。
すると、すぐに返事があって。
それから、目の前が歪んで薫が現れた。
「どうしました?」
「わっ、薫はすぐに来るんだ…」
「はい。来ますが…?」
「カイトって全然何も喋ってくれないしなぁ…」
「そうなんですか?」
「うん。話は聞いてくれてるんだろうけど、全然返事もしてくれないんだ」
「そうなんですか…」
「うん」
「ところで、何か用があるんじゃないんですか?」
「あっ、そうだった。ツクシがね、子供が怖い理由を知りたいんだ」
「子供が怖い理由、ですか。ツクシがそう言っていたのですか?」
「茜さんが…」
「茜さまは、ツクシから聞いてないのですか?」
「残念ながらね」
「そうですか…」
薫は何かを考えるように目を瞑って。
それから、また口を開く。
「ツクシが話したくないことを、私が話すことは出来ません。ツクシのことは、ツクシ自身の心の整理が出来てから聞くべきではないかと…」
「うん…。そうなんだけどね…」
「…申し訳ありません。ご希望に添えず」
「ううん。薫の言ってることの方が正しいからさ。今度、折を見てツクシに直接聞いてみるよ。ごめんね、ありがと」
「いえ…申し訳ありません」
茜お姉ちゃんは、何度も謝る薫の頭を撫でて。
でも、薫は複雑な顔をしていた。
何か、大変なことを知っているような。
そんなかんじ。
「さあ、冷めないうちに、早く食べちゃお」
「うん」
「そういえば、如月はどうしたの?出る前はいたよね?」
「茜さん…。庭にいるじゃないですか…」
「えっ、どこ?」
「ほら、あそこの端っこ」
「あ、ホントだ。気付かなかった」
「ていうか、さっき話してたじゃないですか」
「あー、あはは、そういやそうだった」
「もう…しっかりしてください」
「薫も外に行く?」
「いえ。ルウェさまのお傍に」
「うん。分かった」
「…いいよね、なんか、そういうの。主君に忠誠を誓った武士みたいでさ。カイトは全然で」
「そうでもないですよ。カイトさまは、いつも望さまのことを考えてらっしゃるようです。この前、クノさまのところへお見えになったときも、本当に望さまのことばかり話しておられて。変な喩えかもしれませんが、祖父母が孫に対するそれに似ていました」
「そっか…。でも、なんで私には素っ気ない態度ばかり取るのかな…」
「照れてらっしゃるのでは?クノさまも、最初で最後の契約者は親友であり、戦友であり、初恋の相手であったと仰ってました。つまりは、そういうことなのではないでしょうか」
「初恋の相手か…。クノの契約者は女の人だったの?」
「それは分かりません。カイトさまなら、もしかしたら知ってらっしゃるかもしれませんが」
「教えてくれるかなぁ」
「どうでしょうね」
薫は、少しイタズラっぽく笑っていた。
女の人なのかな。
でも、クノお兄ちゃんは男の人だから…。
「望ちゃんはいるの?」
「何がですか?」
「やだなぁ。初恋の人よ」
「は、初恋ですか…?」
「うん。興味あるなぁ」
「わ、私はまだ…」
「そう?望ちゃん、可愛いから、よく告白されちゃったりするのかと思ってたけど」
「そんなっ!一回もないですよ!」
「へぇ~。意外だなぁ」
「そ、そういう茜さんはどうなんですか?」
「私?私は、もう結婚しちゃってるし」
「えっ!だ、誰とですか?」
「ほら、昨日の朝、会ったでしょ?ユゥク。あれが、私の旦那」
「えぇっ!ユゥクさんと!?」
「うん」
「で、でも、敬語だったし…」
「仕事中はね。公私で分けてるんだよ。帰ってきたら、普通に話してるよ」
「へぇ…」
「まあ、旅団長だし、なかなか帰ってこないけどね」
「そうですよね…」
「うん。でも、それがいいのかな。あんまりくっつきすぎちゃうと、人間ってすぐに飽きちゃうからさ。もしかしたら、カイトもそれが分かってて、わざとかもしれないよ?」
「そうなのかな…」
「えへへ。それでもやっぱり、私はちょっとくらいユゥくんに甘えたいかな。たまにしか会えないのは、やっぱり寂しいからね」
「…ユンディナ旅団で一緒に行こう、とか思ったりしないんですか?」
「あはは、それはないよ。私はこの街が大好きだし、自警団の仕事も大好き。もちろん、ユゥくんも大好きだけどさ。それに、旅に出ちゃったら、お母さんからの手紙も受け取れなくなるしね。ユゥくんも、家族のことが大事だって。ユゥくんも家族なのに、可笑しいよね」
「…茜さんって、やっぱり強いんですね」
「そんなことないよ。寂しい夜なんかはツクシに慰めてもらったりして、なんとか乗り切ってるだけだし。…全然、強くなんかないよ」
「………」
茜お姉ちゃんも望も、一瞬、真剣な顔をして。
でも、茜お姉ちゃんはまたすぐに笑顔に戻った。
「それでさ…」
「七宝!七宝!」
「えっ?」
「落ち着きなさい、ツクシ」
「ごめんなさい…!七宝…!」
「ツクシ、ゆっくり深呼吸をして。あなたが慌てても仕方ないわ」
「な、何?」
「ツクシ…?」
「………」
外が騒がしくなった。
七宝がどうにかなって、ツクシが慌ててるみたいだけど…。
何があったのかな…。




