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「不思議な話ねぇ」
「そうですね」
「如月はどうなのかしらぁ?」
「えっ。な、何がでしょうか…?」
「どうして慌ててるのよ」
「あっ、いえ…」
「ふふふ。あなたは、私のことを信じてくれてるのかしらぁ?」
「もちろんですよ」
「そう。よかった」
お姉ちゃんはニッコリと笑うと、如月の頭を撫でる。
如月は気持ち良さそうに目を細めて。
「それで、なんで慌ててたのかしらぁ?」
「えっ、あの…その…」
「んー?」
「すみません…。前に、少し小腹が空いて、タルニアさまの葛切りを食べてしまいました…」
「そう。あなただったの」
「申し訳ありません!」
「もういいわよ。私も、横で見てたし」
「えっ?」
「如月、夢中になりすぎよぉ。真横とは言わないけど、近くにいたのに気付かないんだから」
「す、すみません…」
「それで、なんで如月さんはいきなり葛切りの話に飛んだんですか?」
「ツ、ツクシ…」
「この子はよく、話を聞きながら別のことを考えてるのよ」
「つまり、話を聞いてないってことじゃ…」
「話は聞いてるのよ。集中してないだけ」
「タルニアさま…」
「気になることなんかがあると、よくそうなるわよねぇ?」
「すみません…」
「へぇ~、如月さんってすごいんですね。私なんか、ひとつ気になることがあったら、全然集中出来ませんし」
「あら。茜ちゃんのことは気にならないのかしらぁ?」
「はは、なりませんよ。今日は望たちも一緒だし。それに、茜は強いですから」
「やっぱり、茜ちゃんのことを信じてるのねぇ」
「そうなんですかね」
照れくさそうに尻尾を振るツクシ。
お姉ちゃんは、それを見て笑っていた。
「そういえば、如月さんは何かの役職を持ってたりするんですか?」
「役職…?」
「ほら。私なら、クノさまの補佐とか」
「あぁ…。特には決まってないわね」
「へぇ…」
「ただ、この子たちのような、小さき者たちの指導や世話をするように、カゥユさまから仰せつかってるわ」
「えっ、すごいじゃないですか!指導役なんて、なかなか任されないですよ!」
「そうかしら…。私は、ツクシなら出来ると思うけど?」
「あはは。私はガサツですから無理ですよ」
「いいえ。一番大切なのは、子供が好きかどうかよ」
モゾモゾと動いてる悠奈のほっぺたを舐める。
すると、悠奈は安心したようにため息をついて。
…何だったのかな。
「ツクシは、子供は嫌い?」
「好きですけどね。でも、やっぱり私には無理ですよ」
「…そうね。自分で無理だと決めつけているようでは無理ね」
「え?」
「私は、あなたには指導役としての素質はあると思ってる。でも、あなたはそうは思ってない。自分で願わなければ、欲しいものは手に入らないわ。答えは、誰かが持ってきてくれるものじゃない。あなた自身が導き出すものよ」
「…そうかもしれないですね」
でも、ツクシは何か哀しい顔をしていた。
如月も、それには気付いてるはずだけど。
「さあて。私は、ちょっと仕事に行ってくるわぁ」
「タルニアさま。お供いたします」
「その子たちを起こして、かしらぁ?」
「あ…」
「ふふふ。今日は、あなたに休暇を与えます。短いけど、ゆっくりと満喫しなさい」
「し、しかし…」
「契約主の言うことが聞けないのかしらぁ?」
「うぅ…」
「今日は大人しくしてなさい。その子たちとルウェと…あと、ツクシのために」
「はい…」
「良い返事よぉ。じゃあね、ルウェちゃん。また一緒に夕飯を食べましょうね」
「うん。…お昼ごはんは?」
「ごめんなさい。お昼は無理そうね。また一緒したいのだけれど」
「うん。分かった」
「ごめんなさいね」
「ううん。行ってらっしゃい」
「はいは~い」
お姉ちゃんは、頭を優しく撫でてくれた。
それから、部屋を出る前に手を振って。
…クノお兄ちゃんが部屋の外にいたのが少し見えたけど、何だったのかな。
「………」
「ツクシ」
「ん?」
「どうしたの?」
「何が?」
「ちょっと、元気ないみたいなんだぞ」
「大丈夫だよ。ありがと」
「うん…」
ツクシは、如月のところで眠っている三人の方を見て、また窓の外を見る。
…やっぱり、元気ないんだぞ。
どうしたのかな…。
「如月」
「はい、何でしょうか」
「ツクシ、大丈夫なの?」
「…大丈夫ですよ」
「だって、元気ないし…」
「大丈夫ですよ」
「うん…」
何か分からないけど、何かモヤモヤする。
如月のフワフワの毛を抱き締めると、如月はそっと顔を舐めてくれた。
「ルウェさまは、望さまたちと一緒に行かなくてよかったのですか?」
「…うん。今日は、なんだか外に出たくないから」
「そう…ですか」
「うん」
「しかし、あまり閉じ籠もっているのもお身体に障りますので、今日だけですよ?」
「うん。大丈夫なんだぞ。今日だけ」
「ふふ、それならよいです」
もう一度ツクシを見ると、目を瞑っていた。
寝てるようにも見えるし、何かを考えているようにも見える。
…本当にどうしたのかな。
如月も、ツクシを見て何かを考えているみたい。
「………」
「ルウェさま。良ければ、私を枕としてください。お疲れなのではないですか?」
「うん…」
如月の毛に顔をうずめて息を吸うと、獣の甘い匂いがした。
目を瞑ると、ツクシの顔が見えた。
哀しそうな目をした、ツクシの顔が。
朝に鏡の世界の河原で見た、琥珀と同じ目の。




