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「ルウェさま、起きてください」
「んー…」
「起きてください」
「何…?」
「みなさん、発たれますよ」
「んー…」
「ルウェ。じゃあ、わたしたち、行ってくるね」
「うん…。行ってらっしゃい」
「オレたちも行こうか、ヤーリェ」
「うん」
「ヤーリェ…」
「またね、ルウェ」
「うん…。またね…」
「弥生、ミコト。ちゃんとお別れを言っておけ」
「うん。じゃあね、ルウェ」(またね)
「行ってらっしゃい…」
「ほなら、オレらも行こか」
「そうだね。じゃあ、ルウェ。ちょっと寂しいけど、きっと、また会えるから」
「えっ、望!?」
「行ってきます」
「望!待って!なんで置いてくの!」
「またね、ルウェ」
「待って、待って!」
でも、望は手を振るばかりで。
なんで?
待ってよ、望!
目が覚めた。
心臓はドキドキしていて、息も荒かった。
望…。
望は、隣で寝ていた。
つまり、今のは夢。
よかった…。
「ルウェさま…?」
「薫…」
「どうしたのですか?怖い夢でも見ましたか?」
「うん…」
「どんな夢ですか?悪夢は誰かに話せば怖くなくなると言います。もしよければ、話してくれませんか?」
「うん…。あのね、みんなが旅に出る夢を見たの…。みんな旅に出て、最後に望とお兄ちゃんも出ていくの…。自分を置いて…。待ってって言っても待ってくれなくて…」
「なるほど。"喪失"の夢ですね」
「ソウシツ…?」
「喪失とは、失うという意味です。喪失の夢に出てくるのは、自分が一番失いたくないものです。ルウェさまにとっては、旅の仲間であったり、望さま、お兄さまであったりするんでしょう。この夢によって、自分が大切にしないといけないものを見つける人もいます。お金であったり、身近な人であったり。失って哀しい気持ちになれば、自ずと守るべきものも分かる、ということなんです」
「………」
「喪失の夢は、ただ単なる怖い夢ではなく、再確認の夢でもあるんです」
「…うん」
「気持ちは楽になりましたか?」
「うん。ありがと」
「いえいえ。…さあ、まだ寅の刻です。もう一眠りしましょう」
「うん」
薫のフカフカのお腹を抱き締めて。
失いたくないもの。
大切にしてるもの。
目を瞑ると、薫はそっと顔を舐めてくれた。
眩しくて目が覚めた。
窓から、太陽の光が射し込んでいて。
横を見ると、明日香はまだ眠っていた。
「薫」
「はい、なんでしょう」
「おはよ」
「おはようございます」
「ずっと起きてたの?」
「いえ。私たちは、ルウェさまたちと比べると眠りが浅いので、目が覚めやすいんです。さっき、望さまたちが起きた際に、私も目が覚めました」
「ふぅん。望はどこに行ったの?」
「洗面所かお風呂じゃないでしょうか」
「お風呂?」
「ええ。この先、ルイカミナまではお風呂に入られませんから」
「そうなの?」
「はい。そんなに遠くはないですが。ルウェさまも入っておきますか?」
「うん」
ルイカミナまでお風呂がないなら、入っておいてもいいかな。
それに、ベラニクにもしばらくは来ないだろうし。
起き上がって手拭いを取り、部屋の入り口に向かう。
お風呂には望はいなくて、代わりに狼の姉さまと翔お兄ちゃんがいた。
「よぅ、ルウェ。お前も朝風呂か?」
「うん」
「そら、こっちに来い」
呼ばれるままに、狼の姉さまのところに行く。
でも、翔お兄ちゃんは少し離れたところにいて。
「翔。そこじゃ少し熱いだろ。お前もこっちに来いよ」
「い、いいって…」
「なんだ。オレの身体が気になるのか?」
「………」
「ははは。顔が真っ赤になってるぞ」
「紅葉姉さん!」
「まあいいじゃないか。こっちに来い」
狼の姉さまはジャバジャバと翔お兄ちゃんのところまで歩いていって。
逃げようとする翔お兄ちゃんの尻尾を掴むと、そのまま引きずってきた。
「痛いって!」
「お前が素直に来ないからだ」
「だ、だって…」
「ルウェや響の裸は平気なのにな?あぁ、光はダメだったか」
「………」
「まあ、気になるのは仕方ない。そういう年頃だし」
「………」
「ふぁ…。しかし、今日は良い天気だな。絶好の旅立ち日和だ」
「そうなの?」
「ああ。いろんなことが、ちょうど一段落した。それに、この晴れだ。オレたちは歓迎されてるのかもしれないな」
「誰に?」
「さあな」
「むぅ…」
「オレにも分からないよ。でもまあ、敢えて言うなら、この世界に、だろうな」
「この世界…」
「そういえば、ルウェはいろんな世界を体験してきたんだったな。この短い間に」
「うん」
「どうだった?」
「…最初は怖かった。でも、今いるこの世界がとっても大事なものなんだって気付けたから。だから、今は怖くないよ」
「そうか。じゃあ、せっかく手に入れた心だ。その心を忘れないでくれよ」
「うん。忘れない」
忘れない。
絶対に。
「ところで、翔。さっきから黙ってばかりだけど、どうした」
「………」
「まだ照れてるのか?」
「まだって、そんな…」
「まあ、そのうち慣れるさ」
「もう、姉さんと一緒に風呂に入ることなんてないよ…」
「さあ、それはどうかな?」
「あまりいじめないでくれよ…」
「ははは。いじめるとは酷いな」
「実際にそうじゃないか…」
狼の姉さまは、笑いながら翔お兄ちゃんの背中を叩いて。
いじめられてるようには見えないけど…。
でも、翔お兄ちゃんは本当に困ったような顔をしていた。




