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何をするわけでもなく、姉さまと通りを歩く。

いろんなお店は、それでも飽きないくらい、たくさんのものを売っていた。


「姉さま」

「ん?」

「葛葉は?」

「え?」

「葛葉はどこかにいるの?」

「葛葉?葛葉は、今はお城にいるよ」

「そうなの?」

「うん。…会いたい?」

「会いたい」

「じゃあ、帰ろっか」

「うん」


そして、そのまま後ろを返って戻っていく。

この世界の葛葉は、どんな子なのかな。

ちょっと楽しみ。


「あっ、風ちゃん」

「え?涼さん?」

「こっちこっち!」

「涼さん!何してるんですか!」

「何って、打ち水?」

「ダメですよ!まだ安静にしてないと!」

「平気平気。もうピンピンしてるよ」

「頭でそう思ってても、身体はそうじゃないんです!家に帰って寝ててください!ていうか、陽葉ちゃんは?」

「旦那が中で見てくれてるけど」

「…まあ、それはいいとして。とにかく、あと一週間は働いちゃダメです!」

「えぇ~…」

「えぇ~じゃないです!オヤジさんにも言っておきますから!」

「えぇ~…」

「そんなこと言ってると、毎日でも見に来ますよ!」

「分かった分かった。大人しくしてますよ」

「絶対ですからね!」

「もう…。セトくんも大変だろうな…」

「どういう意味ですか!」

「そのままの…いや、なんでもないよ…」

「涼さん!」

「あはは、冗談冗談」

「…ルウェ、ごめん。私、涼さんを送ってくるから、一人で帰っててくれる?」

「うん」

「お城の人に聞いたら、葛葉のところに連れていってもらえるから」

「分かった」

「そんな、気を遣わなくてもいいのに」

「遣いますよ!その身体は、涼さんだけの身体じゃないんですよ?」

「あぁ…うん、ごめんね」

「もう…。じゃあ、ルウェ…」

「うん」

「ごめん」


そう謝ると、姉さまは涼お姉ちゃんを連れて、どこかへ歩いていった。

…涼お姉ちゃんだけの身体じゃないって、どういうことなのかな。

この身体は自分の身体。

でも、みんなのもの。

姉さまが言ったことは、そういうこと?



お城の門のところには、セトが龍の姿で立っていた。

何をしているのかは分からないけど、ずっと遠くを見ていた。


「セト」

(ん?誰だ?)

「ルウェ、なんだぞ」

(ルウェ?前に会ったか?)

「この世界では会ってないんだぞ」

(……?)

「葛葉はどこ?」

(葛葉か?葛葉は医療室だ)

「医療室ってどこ?」

(…ちょっと待ってろ)

「うん」


セトは目を瞑ると、反転の術式を使って。

あっという間に人間の姿になった。


「こっちだ」

「うん」


セトと手を繋ぐと、ニッコリ笑いかけてくれた。

やっぱり、セトも同じ。


「なんで僕の名前を知っていたんだ?」

「自分の世界のセトは知ってるから」

「どういう意味だ?」

「自分は、この世界と違う世界から来たの」

「彼岸…じゃないか。彼岸の匂いはしない」

「うん」

「不思議だな。ルウェは、こっちの世界の匂いがする。でも、この世界の住人じゃない」

「うん」

「にわかには信じがたいな…。こことは別の世界にも、僕とは違う僕がいる。その僕はルウェのことを知っていて、僕はルウェのことを知らない。…実は、風華か紅葉姉さまあたりから僕のことを聞いていたとかじゃないのか?」

「違うよ。自分は別の世界から来たんだぞ」

「…そうか。ルウェがそう言うなら、そうなんだろうな」


セトは、四枚のうち下の翼二枚をゆっくりとはためかせる。

こうするのは、何かを考えてるとき。


「何を考えてるの?」

「ん?ルウェのこと、かな。でも、よく分かったな」

「うん。癖があるから」

「癖?そういえば、風華にもすぐに感じ取られるな…」

「セトって分かりやすいもん」

「ん?そうか?」

「うん」

「そうか…。でも、癖も知ってるとなると、いよいよ信じないわけにはいかないな」

「信じてなかったの?」

「あ…。いや…そういうわけじゃないんだけど…」

「ふぅん?」

「ははは…。困ったなぁ…」


何に困ったのかはよく分からないけど。

でも、本当に困ったようにほっぺたを掻いて。


「まあ、うん。ルウェの言うこと、信じてるよ」

「うん」

「うん」

「うん」


何が何かは分からなかったけど。

とにかく、医療室に向かう。



医療室に入ると、薬の匂いがした。

…あんまり好きな匂いじゃないけど。

そして、部屋の端っこの方に布団が敷いてあって。


「葛葉。友達が来たぞ」

「ともだち…?」

「ああ。ルウェだ」

「ルウェ…」


そこで寝ていたのは、確かに葛葉だった。

自分の世界の葛葉とは全く違って、肌も白くて弱々しい。

それに…ちょっと小さい。

昔の葛葉を見てるみたいだった。


「ルウェ…。どこにいるの…?」

「葛葉」

「ルウェ…」


伸ばした手を掴むと、安心したようにため息をついた。

…一瞬、旅に出たあの日の葛葉を思い出した。

血だらけでぐったりしていた葛葉を。

この世界の葛葉は、あのときの葛葉に似ていた。


「葛葉、どこか病気なの?」

「うん…」

「肺が悪いんだ。少し動くだけでも息が上がって、そうでなくとも発作が起きたら…」

「肺…」


前に姉さまが言ってた。

肺は息をするところで、ここが病気になったら大変だって…。


「ルウェは、おそとに出たことあるの…?」

「うん。あるよ」

「おそとって、どんなところ…?」

「すっごく広いところなんだぞ。一日中歩いても、次の街に着けないくらい」

「ユールオのおそとには、どんなまちがあるの…?」

「いろんな街があるんだぞ。ヤゥトとか、ベラニクとか」

「ルウェは、ぜんぶのまちに行ったの?」

「ううん。まだまだなんだぞ。世界は広いんだ。全然知らない街も、きっとたくさんたくさんあるんだぞ」

「葛葉も、行けるかな…?」

「うん。行けるよ」

「えへへ…」


葛葉がいつもしてくれてるみたいに、今度は自分が葛葉の頭を撫でてあげる。

すると、葛葉は笑ってくれて。

セトはなぜか、何も言わないで医療室を出ていった。


「どうしたのかな」

「セトは、やさしいから」

「うん。優しいんだぞ」

「うん」


葛葉は頷くと、ゆっくりと目を瞑った。

息もだんだんとゆっくりになってきたから、たぶん眠ったんだと思う。

疲れたのかな。

………。

こんな葛葉はイヤなんだぞ…。

葛葉は、元気で、活発で…。

この葛葉にも、そうなってほしい。

でも、自分に出来ることって…何?

この葛葉のために…。

葛葉…。

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