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「薫、もっと速く!」
「はいはい…。分かりましたから、あまり叩かないでください…」
「しかし、でっかい乗りもん手に入れたなぁ」
「薫は乗り物じゃないでしょ…」
「乗ってるやん、実際」
「そうだけど…」
「薫は乗り物としてここにいるわけではないと言いたいんだろ。私だって、同じ意見だけど」
「うん」
「いえ、乗り物で結構ですよ。楽しいですし」
「ええんやて」
「うーん…」「そうか…」
望と美希お姉ちゃんは、納得がいかないという風に首を傾げる。
乗り物…。
何が納得いかないのかな。
「お兄ちゃんより高いんだぞ」
「せやな。見える世界もちゃうやろ」
「うん!」
「まあ、わたしなら、もっと高くまで飛べるけどね」
「何を張りおうてんねん…。そんなんゆうたら、こいつだって飛べるやろ…」
「あ、そっか。つまんないの」
「つまるつまらんの問題かいな…」
「響は、意地っ張りだもんね。負けず嫌いだし」
「光もわたしに負けず劣らずだと思うよ」
「そ、そんなこと、ないもん!」
「ほら、意地っ張りの負けず嫌い」
「…いや、今のは違うと思うけど」
「え?」
「今のはただの否定だろ?意地っ張りとかは関係ないじゃないか」
「ふぅ…。さすが翔だねぇ。光の擁護をするなんて」
「別にそういうわけじゃ…」
「こいつら、好き合っとるんか?」
「うん」
「ひ、響…」
「いいじゃん。間違ってはないんだし」
「ひゅ~。熱いねぇ。火傷するわ」
「あまり冷やかしてやるな。気の弱いやつらだから」
「ほいほい」
光は俯いて、翔お兄ちゃんはそっぽを向いてほっぺたを掻いている。
狼の姉さまが言う通り、気が弱いのかな。
普段はそうは思わないけど…。
「で、なんの話やったっけ」
「薫の話だろ」
「あぁ、せやったせやった。薫、子供ら落としたらあかんで」
「そんなことになれば、自ら責任を取ります」
「もう…。薫は真面目なんだから、そういう話はダメだってば」
「真面目?クソ真面目の間違いやろ」
「そうだけど…」
「の、望さま…」
「大丈夫大丈夫。落ちそうになっても、光が助けてくれるから」
「あ、うん。任せて」
「そうか。白龍か。なるほどな」
「えっ。紅葉お姉ちゃん、どういうこと?」
「白龍は、風の扱いが最も上手いとされている。風というのはつまり、飛ぶ能力だ。龍の場合、風の扱いが上手ければ上手いほど、空を飛ぶ能力も上がると言われている」
「へぇ~」
「龍自身、風の扱いが上手いのは確かだけど、白龍はさらに術式の適性が高くなりやすいみたいだから、制御も上手いんだよね。わたしなんか、ただ単にぶっ放して勢いをつけてるだけだから無駄が多くて。逆に、リュウならそのぶっ放しの力を最大限に活かせると思うよ」
「赤龍は、瞬発力だけなら他の追随を許さないらしいな。言い方は悪いが」
「そうなの?」
「リュウが聞いてどうすんねん…」
「リュウはまた桐華や遙に術式の使い方を教わるといい」
「うん。分かった」
「ふぁ…。しかし、なんもないな…」
「木があるじゃないか。草も道もある」
「そういう意味ちゃうやろ…」
「何気ない風景にも、いろいろな発見がある。それを楽しめてないだけだ」
「そうは言うけども…」
「じゃあ、この花。お前はどう思う?」
「ユタナの花か?せやな…。どうしても腹減ったら、蜜舐めたりするかな…」
「まあ、そうだろうな」
「蜜があるのか?」
「ああ。そら、舐めてみろ」
狼の姉さまが、いくつか摘んで渡してくれた。
リュウたちにも、ひとつずつ渡して。
花びらを取って、その根元を舐めてみる。
「あ、なんか甘いの」
「うん。ちょっと甘い」
「え、全然甘くないよ」
「甘くない…」
「じゃあ、甘くなかった二人は、こっちを舐めてみろ」
ヤーリェと弥生は、もうひとつずつ別の花を受け取って。
また同じように花びらを取って舐める。
「あ、甘い」
「ホントだ」
「じゃあ、ここで問題。甘い花と甘くない花の違いは?」
「えっ、えっと…」
「花の中身がちょっと違うの」
「あ、ホントだ」
「そうだな。ユタナの花には雄花と雌花があって、雄花に蜜があるんだ。そして、よく似た雌花にはない。なんで、こうなってるか分かるか?」
「うーん…」
オバナとメバナ…。
同じ花なのに、蜜があったりなかったり…。
なんでなんだろ…。
「分かるか?」
「分かんない…」
「そうか。じゃあ、答えだ。ほら、あそこを見てみろ」
「どこ?」
薫は、よく見えるようにとしゃがんでくれて。
狼の姉さまが指したところにはユタナの花があって、花のところには小さな蜂がいた。
「あ、蜜蜂」
「蜜蜂だな。蜜蜂は何を集める?」
「蜜じゃないの?」
「脚のところをよく見てみろ」
「え?何?」
「あ、黄色いのが付いてる」
「そうだな。じゃあ、それは何だ」
「えっと…」
「お花の花粉なの」
「よく知ってたな」
「えへへ」
「リュウの言う通り、あれは花粉だ。花粉っていうのは…まあ、花の中にある粉だと思えば間違いはない」
「大雑把だな…」
「いいじゃないか。それで、蜜蜂は蜜と一緒に花粉も集めてる。花粉は雄花にあって、雄花には蜜もある。つまり、雄花の上にいる時間が長いんだな。その間に雄花は花粉をたくさん蜜蜂に付けていく。そして、満足すれば蜜蜂は次の花に飛んでいくんだ」
狼の姉さまが切ったところで、ちょうど蜜蜂は飛び立った。
次の花に止まったところで、狼の姉さまはまた説明を始めて。
「雄花と全く見分けがつかない雌花には、蜜も花粉もない。でも、花が種を作るために必要な種があるんだ」
「種の種?」
「ああ。その種の種に雄花の花粉が付くと、種になって実を付ける」
「花粉と種の種が合わさって、実になるの?」
「そうだな。なかなか理解が速いじゃないか」
「えへへ」
「他の三人も大丈夫か?」
「うん」「大丈夫だよ」「はぁい」
「よしよし。それで、雌花では蜜蜂に付いた花粉が種の種に付くだけでいい。長く留まる必要はないんだ。だから、蜜がなくてもいい」
「でも、蜜があった方が、花粉が付くかもしれない時間が長くなるんじゃないの?」
「そうだな。鋭い質問だ。雌花にも蜜があった方が花粉が付く可能性も上がる。でも、雌花は種の種から実を作るための力が必要なんだ。花粉を作るための力と、種の種を作るための力が同じだとして、さらに蜜を作る力を加えると、雌花が実を作るための力がなくなってしまうんだ。それなら、蜜を作って力を使い果たすより、あとのために取っておいた方がいいだろ?」
「そっか。雄花も雌花も、一番上手く力を活用出来るように工夫してるんだね」
「良いまとめ方だ、ヤーリェ。オレが長々と説明するより、ずっといいんじゃないか?」
「そ、そんなことないよ」
「はは、謙遜しなくてもいいよ」
「ヤーリェのまとめ方、すっごく分かりやすかったんだぞ!」
「うん」「分かりやすかった~」
「えへへ…。ありがと」
ヤーリェは照れくさそうに頭を掻いて。
狼の姉さまも嬉しそうに笑っている。
「よし。オレから言いたいことも次で最後だから、よく聞いておけよ」
「うん」「分かった」
「ユタナの花から学ぶべきことは、自分の持っている力を最大限に活用しろ、ということだ。そうすれば、たとえ代わり映えのしない日常の中にも、新しいことを見つけられる」
「…強引なまとめ方やな」
「そうだな」
それでも、お兄ちゃんはそれから黙ったきりで。
また狼の姉さまに怒られたってことなのかな。
でも、さっきみたいなかんじではなかった。
うーん…?