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「ふぁ…あふぅ…」
「今日は動けそうか?」
「起き抜けにそれはないでしょ…」
「ん?そうか?」
「ルウェ、おはよ」
「うん。おはよ、なんだぞ」
「朝ごはん食べる?」
「うん」
「お粥やのうてもええんとちゃうん?昨日の夕飯はちゃんと食っとったし」
「大事を取らないといけないでしょ」
「んなこと言うてもなぁ…」
「お粥でいいんだぞ」
「ほら」
「なんで得意顔やねん…」
「お兄ちゃんなんて放っておいて、朝ごはんにしよっか」
「うん」
「お前ら…」
器に被せてあった布を取って、匙でかき混ぜる。
それから、一杯すくって口のところまで持ってきてくれて。
「あーんして」
「あーん…」
「はい、どうぞ」
「んぅ」
「…子供やな」
「子供じゃないもん!」
「望、次」
「あ、うん」
「はは、怒られとる」
「お兄ちゃんのせいだからね!」
「ほいほい」
「むぅ~…」
なんか楽しそう。
でも、早くしてほしいんだぞ…。
望、さっきからかき混ぜてばっかり…。
「望」
「あ、あぁ。ごめん…」
「…もう自分で食べるんだぞ」
「えっ、あ、大丈夫。大丈夫だから」
「………」
「あーあ、怒らせよった」
望はキッとお兄ちゃんを睨んで。
それで、またかき混ぜてばっかり。
もう…。
いつになったら、次が食べられるのかな…。
狼の姉さまとヤーリェとリュウが、朝ごはんから戻ってきた。
今日のお粥も、狼の姉さまが作ってくれたみたい。
「どうなることかと思ったけど、二人とも良くなってよかったよ」
「せやな。まあ、ユゥクとたまたま一緒になったって運もあるやろけど」
「ああ」
頷いて、狼の姉さまは外を見る。
気持ち良い風が、ふわりと顔を撫でた。
「それにしても…この村はいいな。落ち着く」
「いろはお姉ちゃんは、いつも落ち着いてるの」
「ん?そうか?」
「まあ、オレらん中では一番落ち着いてるやろな」
「どうも」
「ほんで?なんで落ち着くん?」
「オレの故郷に似てるからな。ここは」
「ふぅん。どこなの?」
「それは秘密だ」
「えぇ…」
「知っても面白くないと思うぞ。ここと同じ、山と森に囲まれた場所だ」
「へぇ…」
「山と森が好きなのか?」
「そうだな。でも、ここは特に似ている」
「どこに?」
「秘密だ。…なかなかにしつこいな、お前たちも」
「口を滑らせることもあるかなぁとか思ったり」
「そうか。口を滑らせなくて残念だったな」
「まあ、一回滑らせとったけどな」
「えっ、いつ?」
「内緒や。注意が散漫なお前が悪い」
「えぇ…」
「お前も、あまり細かいことを覚えてると、嫌われるぞ」
「残念やったな。これ以上嫌われへんわ」
「ふふ、そうか」
狼の姉さまはゆっくりと笑って。
楽しそうなんだぞ。
「せや。お前らは、これからどこに行くつもりなん?」
「ルイカミナだろうな。順当に考えれば」
「まあ、せやろな」
「ああ」
「でも、シュリウも山を越えるだけじゃない。そっちには行かないの?」
「山越えるんと同時に国境も越えやなあかんやろ。越境証明はルイカミナしか発行してへんし、どのみちルイカミナに行かな」
「あ、そっか。ヤーリェも越境証明は持ってないのか」
「うん。でも、通行証はあるよ」
「んー…。でも、なんで証明書ってひとつにまとめたりしないのかな…。管理も面倒だし…」
「ひとつにまとめたら、別々にするより申請、認証に時間が掛かるし、その場合、たとえば通行証だけでいいという人はそれだけ余計に待たないといけないだろ」
「そういう人には、個別で発行すれば…」
「それなら、最初から別々の方が便利だろ?」
「う…」
「まあ、ひとつにまとめたら、一個なくしてしもたらどうにも首が回らんようになるしな。特に、お前みたいなおっちょこちょいは」
「おっちょこちょいじゃない!」
「…おっちょこちょいかどうかは置いといて、管轄が違うっていうのも大きな理由だろうな。越境証明は組合の管轄だし、通行証は各街の管轄だ。分割しすぎるのも問題だが、管轄をひとつにまとめると規模が大きくなりすぎて、逆に管理が行き届かなくなる。何事もほどほどが一番ということだな」
「へぇ…」
「ちゃんと分かってんのか?」
「わ、分かってるよ…」
「それやったらええけど」
望は、少し不機嫌そうに尻尾を振る。
それを見て、狼の姉さまは面白そうに笑って。
「ふぁ…」
「リュウには退屈な話だったか」
「うん…。分かんなかった…」
「今すぐ分かる必要はない。焦りは禁物。ゆっくり分かればいいんだから」
「うん」
「まあ、望はゆっくりしすぎやけどな」
「だから、理解出来てるって!」
「ホンマかなぁ…」
「もう!」
「まあいいじゃないか」
「せやせや。話進まんし」
「お兄ちゃんが悪いんでしょ!」
「ほいほい」
「…不毛だな」
「うん」
狼の姉さまとヤーリェは、もう呆れ顔で。
…お兄ちゃんはいつでも喧嘩になるようなことばっかり言って、望はいつでもそれに乗っかるから喧嘩になるんだぞ。
大和もそうだけど…。
どうにかならないのかな。
「まあ、あの二人は置いて、次の話にしようか」
「えっ、紅葉お姉ちゃん、酷い!」
「二人で楽しそうに喧嘩してるじゃないか。そのままやっておいてくれていいぞ」
「楽しくないって!」
「望相手やと喧嘩にもならんわ」
「なっ!」
「そら。またお前はそうやって挑発するだろ。それがダメだってことが分かってないのか」
「うっ…」
「望も、いちいち分かりやすい挑発に乗って。冗談だと思って、軽く聞き流すくらいしてみたらどうなんだ」
「だって…」
「だっても待ってもない。今言われたたことが出来てない間は、お前たち二人とも身体の大きな子供だ。反論があるなら言ってみろ」
「………」「ごめんなさい…」
「まったく…」
やっぱり、狼の姉さまが一番大人なんだぞ。
それは分かる。
…でも、二人が怒られてるの、ちょっと面白かったんだぞ。
リュウは、もう寝ちゃってるけど。
望はシュンとして、お兄ちゃんは外を眺めていた。