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「あー、ちょっとずれてるな。もう少し全体を見ながら縫うんだ」
「えっ、あ、ホントだ…」
「望は目を近付けすぎだ。あと、こっちの縫い代の端と平行になるように縫えば、真っ直ぐになる。力を抜いて、ゆっくり縫えばいいから」
「はぁい…」
「思ったより不器用やな、お前」
「そ、そんなことないもん…」
「誰だって最初は下手だ。何回も失敗して、それから上手くなっていくんだろ」
「まあ、せやけど。それより、ほれ。出来たで」
「わぁ、すごく綺麗なんだぞ!」
「どれどれ…。ふむ。縫い目も整っているし、角もちゃんと出てるな。合格だ」
「当たり前や。刺繍でもなんでも完璧にこなしたる」
「まあ、それはどうでもいいけど」
「ええんかい!」
「リュウ。お前はえらく豪快だな。もう少し縫い目を細かく出来ないか?」
「……?」
「今の半分の幅で縫ってみろ。その方が丈夫になるし」
「うん」
「ヤーリェはその調子だな。ただ、もう少し縫い目の幅を整えてみてくれ」
「分かった」
「望。また目が近いぞ」
「え?あっ、うーん…」
「大変ですね」
「まあな」
薫はリュウの鞄作りをジッと観察していて。
ときどき、縫い目の幅が大きいとか少しずれてるとか、そんなことを言っている。
「はぁ…。しかし、面倒くさいものだな、裁縫ってのは。俺は出来なくて良かったよ」
「大和は裁縫をする必要もないしな」
「まあ、出来たとしても、なんやわけの分からんもん作り始めるやろし」
「何言ってんだ。芸術的な完成度を誇るに決まってる」
「鞄に芸術も忍術もあるかい。便利なんが一番や」
「いや、芸術ではないが、流行りの模様や形というのがあるらしい。便利かどうかはさておき、持つだけで格好がつく…という鞄がな」
「あっ、知ってる。亀山鞄店とかのでしょ?人気の型紙師とかがいて、出せば流行るなんて言われてるんだ。偽物が出回るくらい、人気なんだって」
「流行ねぇ。それでオレらが飯食えるんやったら、いくらでも乗ったるけどな」
「逆だね。ひとつ五万円とかするんだって」
「はぁ!?五万!?アホちゃうか!」
「うん。でも、借金までして買う人もいるみたいだよ」
「狂ってるな…。五万ありゃ、五年は暮らせるぞ…」
「んー、私なら三年かなぁ」
「はは、お前は結構な倹約家だな。普通なら半年といったところだけど」
「はぁ…。それでも信じられんわ…」
「まあ、何が価値のあるものなのかは人によって違う。借金をしてまで流行りに乗りたい、それに価値があると思う人もいる一方で、流行りなんて下らないと思う人もいる。十人十色、価値観もいろいろだ」
「せやけども、や。やっぱり納得いかんなぁ…」
「はは、逆もまた然りだよ」
「うーん…」
五万円…。
想像がつかないけど、どれくらいなのかな。
そういえば、悠奈のあの銀貨はいくらくらいなんだろ。
望が前に何か言ってたんだけど…。
ヤーリェの鞄も完成して、リュウと望の鞄もあと少しというところ。
薫は相変わらずリュウの鞄を見ているけど。
「リュウさま。少しずれてるように思います」
「ん?」
「もう少し右かと」
「んー?」
「薫って、結構きっちりしてるんだね」
「そうでしょうか」
「うん。私はどこがずれてるのか分からないし」
「お前は雑すぎるんやな」
「そ、そんなことないって…」
「まあ、しっかり集中するんやな。またずれてるぞ」
「えっ、嘘っ」
「ほれ、ここ」
「ホントだ…。またやり直しか…」
「…もう作業中に喋んな、お前は」
「うぅ…」
また糸を抜いて縫い直す。
何回目だろ。
縫うのは望の方が速いのに、何回もやり直すから、結局リュウと変わらない。
…うん。
やっぱり、喋らない方がいいんだぞ。
「ふぁ…。それにしても、予想外にヤーリェが上手かったな」
「ああ。オレもびっくりしたよ。ちょっと教えただけで、これだけ細かく真っ直ぐに縫えるとは思ってなかったな」
「どっかでやってたんとちゃう?」
「そうかもな」
狼の姉さまは、眠ってしまったヤーリェの頭を撫でて。
針仕事は疲れるって葛葉が言ってたし、ヤーリェも疲れたのかな。
「あ、せや、ルウェ。おやつ食べるか?」
「うん」
「おやつ!」
「リュウも食べるか?」
「うん!」
「望は?」
「私は、これが終わってからにする」
「ん。紅葉は?」
「そうだな。貰おうか」
「隣はどうかな…」
「まあ、いいんじゃないのか?向こうにも半分渡してあるんだろ?」
「せやったせやった。ほなら、心置きなく食べよか」
お兄ちゃんは横に置いてあった袋を開けて。
すると、すぐに良い匂いが広がる。
「蜂蜜飴と寒天、あとはどら焼き。どら焼きは村のおばちゃんからの差し入れや。ルウェはどれにする?」
「んー。じゃあ、寒天がいい」
「ほいほい。あとは好きに取れよ。いちおう一人ひとつずつはあるけど」
「じゃあ、わたしは蜂蜜飴にするの!」
「いや、飴は最後にしとけ。舐めるのに時間掛かるし」
「…うん。分かった」
「ヤーリェ。おやつだぞ。食べないか?」
「んー…」
「まあええやん。あとで望と一緒に食べさせたら?」
「…そうだな。じゃあ、先に食べようか」
「リュウはもう食ってるけどな…」
「んぅ?」
どら焼きにかじりつきながら、首を傾げるリュウ。
モグモグとしながら、お兄ちゃんの方を見る。
「あー、ええって。食べとき」
「うん」
「…それにしても、二班に分かれてるなんて、よう分かったなぁ」
「私ですか?」
「ああ。普通、半分に分けよなんて思わんやん。ひとつの料理はひとまとめにして運ぶやろ」
「人数と部屋の大きさを比べてみて、指揮官の方々がどうするかを考えただけです」
「指揮官て…。ちょっと大袈裟やな」
「なかなか細かいところまで気が回るんだな。大和にも見習ってほしいものだ」
「大和、寝てるんだぞ」
「ああ。だから言ってるんだ。起きてたら五月蝿いだろ?」
「うん。それはそうだけど」
「こいつは図体と態度ばかり大きくなって、全く何の役に立たないしな」
そう言いながら、ピンと大和の鼻を弾いて。
大和は顔の向きを変えて、また眠る。
…こんな調子では、ホントに狼の姉さまが言ってる通りになっちゃうんだぞ。
「リュウさま、溢してますよ」
「うん」
「そういえば、お前はリュウと契約してるみたいに見えるな」
「えっ、あ、いや…。そういうわけでは…」
「気を遣っているんだろ。お前や望の邪魔をしてはいけないと」
「す、すみません…。出過ぎた真似をしまして…」
「いや、遠慮してくれるんはええけどな。そんなんでは、この先やっていけんで」
「しかし…」
「しかしやない。今日これっきりや。これからはオレらに遠慮はするな。分かったな?」
「は、はい…」
ちょっと変なかんじ。
薫の方が大きいのに、お兄ちゃんに怒られて。
でも、遠慮してほしくないのは、そうなんだぞ。
これから、ずっと一緒にいるんだから。