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「明日になったら、好きなものを食べればいい。今日は我慢しろ」
「うぅ…」
「ごめんね、ルウェ」
「なんか見せびらかしてるみたいだな…」
「いいんじゃない?早く治れってことで」
「響なら、絶対に、文句言うよね」
「い、言わないよ…」
「ホントかなぁ」
光は響のお腹を突ついて。
ムッとした顔をして、響はそれを払いのける。
「弥生、溢さないようにしろよ。畳なんだから」
「溢さないよ…。子供じゃないんだから…」
「そう言って、いつでも何かしら溢してるじゃないか」
「溢してない!」
そう叫んだ瞬間に力が入って、箸で掴んでた豆が飛んでいった。
それがちょうど大和のところに行って。
「よっと」
「わぁ、上手いね!」
「まあな。光もやるか?」
「え…。それは、遠慮しとく…」
「なんだ、つまらん」
「そらみろ。溢したじゃないか」
「兄ちゃんがおかしなことを言うからでしょ!」
「ほらほら、喧嘩してるとまた溢すぞ。静かに食べろ」
「はぁい…」「分かってるよ…」
「そういえば、初めて会ったときも喧嘩してたよね~」
「そうなのか?」
「紅葉お姉ちゃんと、ヤーリェは、後から、来たもんね」
「最初は何だったっけ。鞄がどうとか言ってた?」
「ああ。荷物は増えていく一方なのに鞄は小さいままだから、一回りくらい大きな鞄を買おうって言ったんだ。そしたら、今ので充分だとか言うから」
「だって、事実じゃない」
「お前のは充分だろうけど、俺はお前の荷物も入れてるから足りないんだよ。お前の荷物をお前自身が持つなら要らないけどな」
「兄ちゃんなんて、汚くても平気じゃない。でも、私は不潔だと死んじゃうの」
「なんだ、その理屈は。服とか下着なんて、川で洗って干しておけば充分だろ。なんでわざわざ街に着いてから洗うんだよ。汚いものを汚いまま置いておく方が不潔だろ」
「そうやって、また喧嘩するだろ、お前たちは。どっちが不潔かなんて、今はどうでもいい話だろ。問題は鞄なんだから」
「………」「そうだけど…」
「鞄の話に戻して。ものが入らなくなってきても、鞄を買う必要はない」
「ほら」
「話はまだ途中だぞ、弥生」
「うぅ…」
狼の姉さまは、弥生を睨んで途中で割り込んできたことを叱って。
そして、静かになったところで、また話し始める。
「買う必要はない。自分で作ればいいんだ。その方が安いし、好きな鞄を作れる」
「作るって、どうやってだよ。材料なんてないぞ」
「道中に食べた動物の皮、古くなった服、なんだってあるじゃないか。旅の基本。ものを無駄にするべからず、だ」
「あ、わたしたちも、美希お姉ちゃんから、聞いたよ」
「え?そうだっけ?」
「はぁ…。あれだけ、言われてることなのに…」
「んー。そういえば、言われてたような気もする」
「気もする、じゃないでしょ…。あんまり、そんなこと言ってるとね、美希お姉ちゃんに、言いつけるよ」
「えっ、それは困るなぁ…」
「困るじゃダメだろ。美希に言われないように、普段からそういう風に振る舞うんだ」
「はぁい…」
「さあ、また話が逸れたな。鞄作りについてだが、オレのあの背負い袋も旅の途中で作ったものだ。ヤーリェのものもな」
「そういえば、よく見たら、動物の皮とか、ボロみたいなのが、混じってるよね」
「へぇ~。ずっと市販のやつだと思ってたよ」
「まあ、前に熊を仕留めたときに、一気に作ったんだけど…」
「…え?熊?」
「熊を仕留めたって…どうやって?」
「ん?まあ…ちょっとな。美希に教えてもらえ」
「えぇっ!すっごく気になる!術式?術式だよね?」
「自慢ではないけど、オレの術式適性は全くない」
「えっ、じゃあ…素手?」
「さあな」
「えぇーっ!気になる!」
「まあ、そんな話より、だ。材料なんて、その気にならなくても自然に集まる。要は、作る気があるかないかということになる。翔が本当に新しい鞄が欲しいなら、作り方くらい、いくらでも教えてやる」
「…欲しい。だから、教えてくれ。…いや、教えてください!」
「分かった。敬語はいらないけどな。まあ、明日だ。山に出るから、早起きしろよ」
「ああ、分かった」
翔お兄ちゃんは、力強く頷く。
そして、楽しそうに尻尾を振って。
なんだか、教えてもらえるから嬉しい…ってだけじゃないような気もするけど、なんでだろ。
今日だけは特別。
大和が枕になってくれてるから。
「長老さまのことを考えてるだろ」
「うん。クノお兄ちゃんの方がフカフカなんだぞ」
「そりゃ、な。長老さまには敵わないよ」
「でも、大和も温かくて気持ちいい…」
「そうか?ありがとな」
優しく顔を舐めてくれる。
クノお兄ちゃんと違って、大和の舌はツルツルしてるんだぞ。
「ん?」
「どうしたの?」
「お前、長老さまに何かしてもらったのか?」
「んー…おまじない」
「おまじない?」
「うん。おまじない」
「どんな」
「望の病気が早く治るおまじない」
「…なんで、そのおまじないをルウェにしたんだろ」
「え?」
「いや、なんでもない」
「……?」
何なのかな。
おまじない…。
そういえば、大和はなんで気付いたんだろ。
「さあ、長老さまが護ってくださっているから。もうそろそろ寝ろ」
「うん」
「お休み、ルウェ」
「お休み…」
欠伸をすると、一気に眠たくなった。
大和のお腹に顔を埋めて。
獣の匂いと一緒に、大和の心臓の音が感じられた。
クノお兄ちゃんのときも聞こえた、温かい音…。