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「まあ、上々と言ったところか」
「うぅ…。なんか落ち着かないよ…」
「最初はそんなものだ。いつまでもルウェの身体を間借りするわけにもいかねぇだろ」
「そうだけど…」
琥珀は目を回したようにフラフラとしていて。
最後には、椅子に座り込んでしまった。
「うぇ…。気持ち悪い…」
「おいおい…。こんなところで吐くなよ…」
「吐かないけど…」
「ねぇ、大和」
「ん?」
「望はどうなったの?」
「あぁ、ユンディナのやつが来てからは、少しずつ良くなってるみたいだ」
「よかった…」
「まあ、すぐにとはいかないだろうが、治るのも時間の問題だろうな」
「うん」
よかった。
望、元気になってきてるんだ…。
「あ、でも、伝染するかもしれないから、望のところに行ったり近くにいた人の側にいちゃいけないって…」
「ユンディナのやつによれば、伝染した例はまだ報告されていないらしい。だから、まあ直接発症したわけでもないし、望の側にいた時間も短かった俺が、連絡係として抜擢されたんだ」
「ふぅん…。でも、望の部屋にいたんじゃないの?」「いや、ほとんど隣の部屋で待機していた。美希に、もしかしたら報告に走らないといけないかもしれないからって言われてな。あいつには先見の明があるようだな。まあ、そういうわけで、たまに様子を見に行ったりもしたけど、だいたいは明日香からの報告だった」
「じゃあじゃあ、望に会いに行ってもいいの?」
「それはダメだ。報告されてないだけで、もしかしたら伝染するかもしれないだろ。医者や美希なんかは大人だし、俺や明日香なんかはそもそも種類が違う。普通に考えてみれば、お前たち子供より伝染する可能性は低いだろ?」
「でも…」
「でもも鴨もない。お前たちの誰かが病気になれば、またみんなが哀しい思いをするんだ。だから、望が完治するまで待っていてくれないか?」
「うん…」
「よしよし、良い子だ」
そして、大和は頬を舐めてくれた。
くすぐったかったけど、なぜか笑う気にはなれなかった。
「報告会も終わったみたいだな」
「ルウェ、ちょっとそのぐうたらをよけてくれないか?」
「ぐうたらじゃないもん…。うぅ…」
「まったく…。翔、これ、持っててくれないか?」
「うん。どこでもいいから乗せて」
「ああ」
狼の姉さまは、翔お兄ちゃんの腕のところにお皿を乗せて。
落ちそうなくらい不安定だけど、なぜか落ちなくて。
「器用なものだな」
「居酒屋でしばらく働けば、これくらい出来るようになる」
「…お前、未成年が居酒屋で働くのは禁じられてるんだぞ」
「えっ、あ…。そうだった…」
「まったく…。口が軽いようだな」
「うぅ…」
「それより、だ。琥珀。早くどけろ」
「無理…。気持ち悪い…」
「はぁ…。そんなに気持ち悪いなら、医者に太い注射をしてもらわないとな」
「えっ…。そんなのイヤだよ…」
「じゃあ、そこをどけるんだな」
「うぅ…。意地悪…」
「意地悪で結構。早くしないと…揺するぞ」
「うぇ…。考えただけでも気持ち悪いよ…」
渋々、琥珀は重たい身体を持ち上げて。
…ていうか、いつまで響の姿をしてるんだろ。
これが本当の姿…じゃないよね。
「世界に存在を繋ぎ止めるのが精一杯なら、まだまだ半人前だな」
「うぅ…」
「よし、朝ごはんにしよう。ちょうど、みんな来たみたいだしな」
「え?」
「んー、しかし、翔に持ってもらった意味がなかったな。オレは、揺すらないと動かないと思ってたんだけど」
「いいよ、そんなの。気にしなくて」
「まあ、そうだな。翔の口の軽さも分かったし」
「うっ…」
狼の姉さまは、笑いながら翔お兄ちゃんのお皿を取って並べ始める。
美味しそうなんだぞ。
「わぁ、良い匂い」
「ホントだ~」
「あっ、響、光」
「他の、みんなも、来てるよ」
「あぁっ!わたしがいる!」
「え?」
「お腹空いたの~」
「うん」
「弥生も速く~」
「待ってよぉ…」
みんなが集まって、賑やかになってきた。
やっと、朝ごはんなんだぞ!
リュウと弥生は、狼の姉さまと翔お兄ちゃんと一緒に村に出ていってしまった。
お菓子を探しに行くとか言ってたけど…。
…なんでお菓子?
そして、琥珀はまだ響の姿のまま、三つ並べられた椅子に寝転がって。
何かわけの分からないことを呻いている。
「うぅ…。大和兄ちゃんが悪いんだ…」
「何言ってんだ。それより、いつまでその姿でいる気なんだ」
「戻るのも面倒くさいし…」
「はぁ…。お前なぁ…」
「よく出来てるよね。ホントにわたしそっくり」
「まあね…」
「ユヌトはもともと変化が得意だからな。こいつもご多分に漏れずってことだろ」
「ふぅん…」
「しかし、お前がルウェに取り憑いてたとはな。ルウェが俺と琥珀の話を知ってたのはそのせいなのか。まったく、びっくりしたよ…」
「あぁ、あれ…。話したんだ…」
「どんな話?」
「まあ、お前らにはまた話してやるよ」
「え~…」
「ルウェにいろいろな色が見えるのもお前のせいか?」
「え…?わたしは土しか持ってないし、ルウェに土があったから、ちょっと間借りしようと思ったんだけど…。それに、そこまで干渉出来ないよ…」
「それもそうか…」
「ねぇ、どういうこと?」
「ん?だから、ルウェにはたくさんの色が見えるんだ。その色のひとつに土があって、こいつが図々しく間借りをしてるってこと」
「図々しくなんてないもん…」
「たくさん、色があるってことは、いろんな属性に、適性があるってことだよね?」
「そうだな。実際に確認出来てるだけでも、光、金、土に適性があるみたいだし」
「なんで、そんなに適性があるのかな。普通、あってもひとつでしょ?」
「ああ。最近は適性を持たないやつも多いからな。そこから考えると、響は水、光は金、ヤーリェは闇と、これだけ適性のあるやつが集まる方が珍しいってことだ」
「えっ、わたしたちも適性があるの?」
「なんだ、気付いてなかったのか」
「気付かなかったなぁ」
「ふぅん…。珍しいやつらだな」
「え?なんで?」
「俺たち聖獣は、意識的であろうと無意識的であろうと、自分と同じ属性に引き寄せられるんだ。それで、見極める。契約していいものかどうか。契約に足らないと思えば、そのまま次の目標に向かう。契約に足ると思えば、斡旋者を通じて契約を取り付けてもらう」
「でも、悠奈と契約するとき、自分はそのときに初めて悠奈に会ったんだぞ」
「斡旋者に身を寄せて、適性の診断から見極めまで、全部を一任することもある。経験の浅い若者は特にな。悠奈はそっちだったんだろ。それに、契約の要請を受けたあとも、斡旋者自身がもう一度見極めることもある。一見さんお断りと言われる所以はそれかもな」
「でも、お兄ちゃんはそんなこと言ってなかった…」
「まあ、簡単に説明出来るほど斡旋者の仕事も楽ではないってことだな」
「ふぅん…」
何か、よく分かんないんだぞ…。
聖獣が見極めた人を、また見極めて…。
でも、最初から任せっきりの聖獣もいて…。
うーん…。
考えれば考えるほど…。