10
「何を怒ってるんだ?」
「怒ってない」
「でも、すごく不機嫌そうなんだぞ」
「………」
やっぱり怒ってる。
落とし穴に落ちたからかな?
「そういえば、明日香がいないんだぞ」
「明日香は大丈夫」
「ふぅん…」
「ワゥ」
「あ。明日香」
「ご苦労さま。それで?」
「………」
「そう。良かった」
「何?」
「最後の一人は地下牢を選んだってこと」
「……?」
「はぁ…。でも、ルウェに怪我がなくて良かった」
「うん。明日香が守ってくれたんだぞ」
「うん…。そうだね…」
「どうしたの?」
「あんな簡単な罠に掛かって…。本当は私もルウェを守ってあげないといけないのに…」
「望…」
さっき怒っていたのは、望自身の役目を果たせなかったから。
それと、明日香の追跡の結果が気になってたのもあるかもしれないけど。
でも、それは全然違って。
「自分、望にもちゃんと守ってもらったんだぞ」
「ありがと。でも、慰めてくれなくてもいいよ」
「慰めなんかじゃないよ。望がいなかったら、自分、絶対にあの人たちに襲われてたし、それに…明日香も止められなかった…」
「ルウェ…」
「だから、自分自身を責めないで」
「…うん。ありがと」
「お礼を言うのは、自分なんだぞ」
「ふふ、そうかもね」
そして、望は優しく抱き締めてくれて。
とても温かかった。
また明日香の背に乗せてもらい、ひたすら森の中を進んでいた。
望の機嫌は、もう治っていて。
「ルウェ!ほら!ウサギ捕まえた!」
「昼ごはんにするのか?」
「朝にお肉は食べちゃったからね。昼は野草だよ」
「さっき採ってたやつ?」
「あれは薬草」
「…どう違うの?」
「薬草は薬になる草。食べることより薬としての効果が優先されるから、すごく不味かったり我慢出来ないほど苦かったりするよ」
「…じゃあ、いらない」
「私もそう思う」
そして、ウサギを逃がして。
「よし。まだ早いけど、準備だけしとこっか」
「うん」
「食べられる野草、毒のある野草、食べられるけど不味い野草。いろいろあるから、まずはちゃんと見分けがつくようになろう」
「うん!」
早速、明日香から降りて、周りにある草を見てみる。
「これは?」
「それは食べられるよ。ヤムルカだね」
「ヤムルカ…。じゃあ、これは?」
「それもヤムルカ」
「でも、全然違う」
「これはちょっと古いヤムルカで、そっちは若いヤムルカ。ホントは若い方が美味しいんだけど、ヤムルカと次に来る旅人のために、若い方は残しとこっか」
「うん。分かった」
握っていた茎を離して、次に移る。
ヤムルカが無くならないように。
ヤムルカが無くなって、次の人が困らないように。
ちゃんと残しておくんだぞ。
「これは?」
「食べられるよ。スクンだね」
「スクン…」
「生で食べても美味しいよ。甘さがあって」
「ふぅん」
葉っぱを一枚千切って、食べてみる。
…うん。
蜂蜜とか砂糖とは違う、不思議な甘さがある。
「美味しいでしょ?」
「うん」
「またあとで、もっと美味しくしてあげるからね」
「うん!」
すごく楽しみなんだぞ!
「………」
「あ。明日香、それ、美味しいの?」
「ふふ、ルウェも食べてみなよ」
「うん」
明日香が食べていた草を採って、口に入れてみる。
「………。うえぇ…」
「あっははは。それはね、ムツカィっていう薬草だよ。すっごく苦いことで有名なんだ。解毒作用があって、食中毒のときなんかに食べるんだよ。明日香は違うだろうけど」
「うぅ…」
「じゃあ、これ、食べてみて」
「苦くない…?」
「うん。大丈夫」
「むぅ…」
望を疑うわけじゃないけど。
渡された草をちょっとだけ舐めてみる。
「……!」
「どう?」
「すっごく甘い!」
「うん。それはデガナの葉っぱ。苦味が甘味に変わる、不思議な葉っぱだよ。まあ、普通は実を食べるんだけど」
「実も美味しいのか?」
「うん。ていうか、葉っぱはあまり食べないんだけどね。って、そうだ。思い出した」
「何を?」
「ちょっと待ってね…」
と言って、望は背負っていた袋を下ろして、中を漁る。
しばらく、ガチャガチャといろんなものがぶつかり合う音が聞こえて。
何が入ってるのかな…。
「はい。これ」
そして渡されたのは、小さな鏡だった。
「これって…」
「約束だったもんね。びっくりさせようと思って内緒にしてたら、すっかり忘れてたよ」
「ありがとう!いつ買ったの?」
「昨日だよ。そんなことより、見てみなよ」
「うん!」
鏡を覗いてみる。
そこには自分の顔が映っていて。
そして、その顔には…
「何、これ?」
「それが龍紋。綺麗でしょ?」
鏡に望の顔が映り込む。
後ろから手を回してきて、前髪を上げる。
「ほら。ここにも」
「わぁ~」
上げてくれた前髪の下、額のところにもリュウモンがあって。
青白く光っていて、すごく綺麗だった。
「望、望!すごく綺麗なんだぞ!」
「でしょ?全部、ルウェのなんだよ。分かってる?」
「え?自分の…?」
「ふふふ。ルウェ、すごく綺麗だよ」
「自分の…。これが…」
不思議なかんじがした。
自分が自分でないような。
でも、こんなにも綺麗な光が、本当に全部自分のもの。
…葛葉も見てくれてたのかな。
綺麗って思ってくれてたのかな。
そうだったら嬉しいな。
「さあ、ルウェの龍紋も見れたことだし、昼ごはんの準備の続きをしよっか!」
「うん!」
自分の知らない自分を見つけられた。
リュウモン。
見せてくれた鏡に。
そして、鏡を買ってくれた望に…
「ありがと!」
「ん?あぁ。ふふふ。どういたしまして」
これ以上、どう言えば嬉しさを伝えられるか分からなかったから。
「わわっ!」
「えへへ」
だから、望に抱き付くしかなかった。
ありがと、望!