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「自分、絶対に姉さまを超える英雄になるんだ!」
「………。あ、何?全然聞いてなかった」
「自分、絶対に姉さまを超える英雄になるんだ!」
「へぇ~、そう。頑張ってね」
「姉さま、全然本気にしてないんだぞ」
「だって…別に私は英雄でもなんでもないし…」
「この前、畑荒らしを捕まえた!」
「あれは自警団としての仕事。英雄じゃないの。それに、ただ猪を捕まえただけじゃない…」
「自分、修行に行ってくるんだぞ!」
「相変わらず人の話を全く聞かないのね…」
早く、姉さまに認められるような立派な英雄になって、自警団に入って、姉さまと一緒に村のために働くんだ。
…この相棒も、ずいぶんすり減っちゃったな。
「そうだ!姉さま、森に行ってくる!」
「はいはい。気を付けて行ってきなさい」
「うん!」
家を出て、森に入る。
いつもの道をたどって、いつもの広場に出る。
「ん?」
「あぅ…」
でも、今日は広場の真ん中に誰かがいた。
大人の、狼。
「おい、お前」
「じ、自分はオマエなんて名前じゃないんだぞ…!」
「じゃあ、なんていうんだ」
「ル、ルウェ…」
「ルウェ…"狼"か。どう見てもヤーリェだろ…」
「"龍"じゃないもん!」
「まあいい。…ルウェ。お前はもうすぐ旅立たないといけなくなる。今のうちに、みんなに別れを言っておけ」
「な、なんで…?」
「…言いにくいんだがな。お前は村にいられなくなる。追い出されるんだ」
「なんで…?なんでだよ…!」
銀の狼は首を横に振る。
「行く場所が無くなったら、この広場に来るんだ」
「なんで…なんで…」
「しっかりしろ!」
頬を張られる。
痛みが、自分を引き戻してきた。
「現実から目を逸らしちゃダメだ。今も、これからも。心を強く持て」
「……!」
「…必ず帰ってこれる。だから、今だけは我慢してくれ」
「………」
「すまない…」
「なんで狼の姉さまが謝るのさ…。自分…ちゃんと我慢するんだぞ…」
狼の姉さまは、優しく抱き締めてくれた。
その温かさが、今のことがホントだってことを伝えていた。
…我慢するって決めたのに。
「うぅ…嫌だよ…」
「………」
「姉さま…葛葉…」
「………」
「うえぇ…」
狼の姉さまに抱かれ、自分は心から泣いた。
行く場所が無くなったら広場へ。
心を強く持つ。
何があっても、もう泣かない。
狼の姉さまと約束したこと。
何度も、何度も、思い出して。
「ただいま、姉さま」
「………」
「姉さま?」
「あ、あぁ、ルウェ…。か、帰ってきちゃったんだ…」
「……?」
「お願い…今すぐ逃げて…」
「え…?」
「お願い…」
姉さまは、何かを抱えて泣いていた。
何かというのは、もちろん自分も知ってるものなんだけど。
あれが何かということを理解してしまうことが怖かった。
「ル…ウェ…」
「ごめんね…葛葉…ルウェ…。私が不甲斐ないばっかりに…!」
それは葛葉だった。
全身が血塗れで、虚ろな目に涙を溜めて、自分を見ていた。
「ルウェ…。早く…早く逃げて…!」
「葛葉!喋っちゃダメなんだぞ!」
「ルウェ…」
葛葉は血に濡れた手を伸ばし、頬に触れる。
その手はびっくりするほど冷たくて。
姉さまも、葛葉の手に重ねて。
「私の力…貸してあげる…」
「葛葉…!」
「挫けないで…」
「姉さま…」
温かいものが流れ込んできた。
葛葉と姉さまの、術式を操る力。
そして
「ルウェ」
「…セト?」
「カラスの木に全部置いてあるから。みんな、ルウェを探してる。見つからないうちに…」
「いたぞ!」「ルウェだ!」
「風華!」
「ごめんね…!」
「うわぁ!」
"疾風"
突風に流され、そのまま森の方へ運ばれる。
「森に回れ!ルウェが逃げるぞ!」
「ウゥ…」
セトが反転を"解いて"、銀龍の姿へ。
村の人の行く手を阻む。
「くそっ!邪魔をするな!」「セト!お前も仲間なのか!?」
(落ち着けって言ってるんだ!)
…最後に聞こえたのは、そんな会話だった。
なんで、みんな怒ってたの…?
自分、今日は何もしてないんだぞ…。
…別れも言えなかった。
姉さま…セト…。
葛葉…。
カラスの木には、自警団の額当てと籠手、警棒、そして…銀貨があった。
セトが用意してくれた、大切な武具とお金…。
「"疾風"…」
そして、姉さまと葛葉が貸してくれた、この力…。
手のひらの上のつむじ風は、しかし、力強く。
「もう泣かないって約束したんだぞ」
うん。
葛葉が気になるけど…村には帰れない。
行く場所が無くなったら広場へ。
長い旅への一歩を踏み出した。
さて、どういった旅になるのでしょうか?