第四稿 妹はファンタジー
ブブッブブッ
放課後に文芸部の部室でいつものごとく執筆活動をしていると、机の上に置いていた僕のスマホが振動した。確認すると、妹の美碧からチャットが来ていた。
「なんだ? 女か?」
雪月が右手の小指を立てて嫌らしい顔をしてこちらを見ている。どっかの会社の部長かよこいつ。
「まあ、女といえば女か」
「なんだと~私というものがありながら~」
「芸能人がやる声の演技みたいな棒読みで言うなよな」
「で、どこの子猫ちゃんから連絡なんだい?」
もう言い方がいちいち昭和。
「妹からだよ。帰りに醤油買って来いって命令が来たんだ」
「へえ、コンって妹がいるんだ?」
雪月が読んでいた本に栞を挟んで膝の上で閉じた。僕の妹に興味が湧いたのだろうか。
「ああ、二個下の妹がいるよ。今は中学三年生だ」
「へー、かわいいの?」
男友達みたいなこと聞いてくるなこいつ。
「雪月は僕の姉さんのことは知ってるだろ?」
「あー、去年の生徒会長だよね? 確か、部活作る時に会った気がする」
「そう、その人を年下にしたような感じだよ」
「めちゃめちゃ美人ってことじゃん」
そう、うちの姉妹は美人姉妹として有名なのだ。しかも学業も優秀。去年は姉が生徒会長をやってたおかげで、僕にやたらアポイントをとってくるやつが居たものだ。全部一蹴してやったが。うちの姉をどこぞの馬の骨にやるわけにはいかんからな。
「まあね。でも姉さんよりちょっと目つきがキツイかも?」
「へえ、じゃあちょっと厳しい感じなんだ? ツンデレなの?」
「いや、甘えん坊だよ」
「何だお前? 世界の妹属性の人たちから呪われるといいよ」
「言葉が強いな」
まあかわいい妹がいるというのは罪なのかもしれんな。僕はまんざらでもない顔で頷いた。
「でも、最近なんだか雰囲気が変わってさ、ちょっと怖い時があるんだよね。受験で疲れてるのかな?」
「思春期なんじゃない? でもいいなー。私もかわいい妹欲しい」
「雪月は兄弟はいないのか?」
「弟ならいる」
「弟かあ、雪月の弟ならさぞイケメンだろうな」
雪月がなんだか険しい顔をして僕を見た。美人が台無しだなあ。
「イケメンかどうかは分かんないけど、性格はあんまり良くないと思う」
「というと?」
「洗濯物を出せとか、部屋を片付けろとか、ピーマン残すなとか、いちいち口うるさいんだよね」
すごくできた弟さんじゃないか。やはり姉がこうだと下がまともに育つんだなあ。
「なんか今、失礼なこと考えたでしょ?」
「いや別に」
僕は雪月から顔を背けてパソコンに向かい、執筆活動を再開した。
「でも、やっぱり妹属性っていうのは人気だよね。そういう本とかゲームもあるし」
「妹属性かあ。人気があるのは知ってるけど、僕にはどうにも理解できないんだよなあ」
「そうなの? いいじゃんいもうと! もう言葉の響きがかわいいし!」
「そんなもんなのかなあ?」
僕は腕組みをして妹について考えてみた。確かに妹というものはかわいい。けど、それはやはり血を分けた家族だから持つ感情だろう。妹に萌えるっているのは、僕にはどう考えても理解することができそうになかった。
「うーん、分からん。やっぱり実の妹がいると、そういう感情は湧きづらいのかもしれないな」
「満たされた者には飢えた民の思いは分からないのだ。これが貧富の差なのです」
「属性に貧富もクソもないだろう?」
「属性に貧富はあるよ! 妹しかり! 幼馴染しかり! 巨乳しかり!」
なんか今日の雪月は妙に熱いな。こんなキャラだったっけ?
「ああ、確かに幼馴染とかは居ないから、ちょっと憧れるものはあるかもな」
「でしょう?」
「僕はメガネもかけないから、だからメガネに対する思いが満たされることは無いんだろうな」
「それはちょっとイレギュラーだと思う」
「あれ? そうかな?」
まあ僕のメガネへの愛情は属性とは一線を画するから違うのかもしれないな。うん。
「この理論だと、雪月だって弟属性は無いんじゃないか?」
「うーん、でも私に優しくて何でもしてくれるかわいい弟は欲しいよ?」
「それは属性じゃなくて、自分に都合の良い人間が欲しいだけだろ」
「なんだよー。じゃあコンは弟が欲しいっていうのー?」
「弟か……」
ちょっと想像してみた。弟がいれば一緒にゲームしたり、学校のかわいい女子について話したり、恋の相談に乗ったりできるかもしれない。女性の家族とはできないことが色々できそうで楽しいだろう。
「いいな、弟。ちょっと欲しいかもしれない」
「えー? なんかエロい」
「弟とエロいことなんかするわけないだろ!」
「この前読んだ漫画だと兄弟で色々やってたよ」
「ファンタジー世界の話を現実に持ち込むんじゃありません!」
こいつ高校二年なのにそんな漫画どこで手に入れてるんだ? 弟さんに叱ってもらわないと。
「じゃあ雪月は兄弟姉妹、どれが欲しかったんだ?」
「えー? そうだなあ……」
雪月がアゴに手を当てて考え込んだ。表情がすごく真剣だ。こんなに真剣な雪月を見たのは初めてかもしれない。
「やっぱり妹、かな。でもお姉ちゃんも欲しかったかも」
「なるほど、姉属性も一部では熱い人気があるよな」
「お姉ちゃんとか妹とかと一緒に買い物とか行ってみたかったかも」
雪月は胸の前で手を組んで、トランペットに憧れる少年のような顔をした。
「姉と妹と一緒に買い物か。たまに行くけど、いつも荷物持ちさせられて大変なんだよなあ」
「すぐ自慢する!」
「むしろ苦労を憐れんで欲しいくらいなんだけど?」
それに、あの姉妹に挟まれて行動すると、周りの視線を集めて気が休まらないんだよなあ。
「でも、コンのお姉さんはなんだか優しそうだよね。甘えたい」
「いや~、あの人そんな母性ある人じゃないよ」
僕は腕組みをして姉の素行を思い出した。
「結構ズボラだし、僕に泣きついたりしてくるし、この前なんて下着のまま部屋から出てきて……」
「わたしの夢を壊さないで!」
「人の姉に変な夢を持たないでもらえますか?」
「あーきこえなーい」
雪月が手で耳を塞いで現実逃避をしていた。やはり人の夢を壊すのは気持ちいいものだ。僕のことはイマジンブレイカーと呼んでくれ。
「姉といえば、雪月も一応姉になるんじゃないのか?」
「一応じゃなくてれっきとした姉ですけど?」
「でも全然姉っぽさがないよな」
「は? 私の姉度の高さを知らないの?」
姉度ってなんだ? そんな度数があるなんて初耳だ。
「どれくらい高いんだよ」
「私の姉度は五十三万です」
「宇宙の支配者レベルじゃん」
「そうなのだよ」
雪月が自慢げに頷いていた。
「じゃあ、姉っぽいことしてみてよ」
「仕方ないなあ、今日だけだよ?」
そう言うと雪月が立ち上がってこちらへ歩いてきた。
「な、なんだ?」
「ちょっとじっとしてなさいって」
雪月は僕の眼の前に立つと、僕の頭に触ってきた。
「よしよし」
なでなでなで
久しぶりに他人から頭を撫でられて、なんだかむず痒いようなモゾモゾとしたものが胸の中で騒いだ。
「な、な、な、なんだよ!」
「どうかね? 姉っぽいでしょ?」
雪月の行動に感情を動かされたのがなんだか悔しかった。
「別に姉っぽくはないだろ。どちらかというとペットにする行動じゃないか?」
照れ隠しでにぶっきらぼうに言葉を吐き捨てると、雪月はムッとした顔をして両手で僕のほっぺたを掴んで引っ張った。
「そんな憎まれ口を言う口はこうだ!」
「ぶにぇ~やめれう~」
雪月が手を離すと僕の頬がバチンと弾かれた。ほっぺがヒリヒリする。なんてバイオレンスな姉なんだ……。僕は雪月の弟に同情してしまった。
「ふん! もう帰ろ」
そのまま雪月は荷物を持って部室から出ていってしまった。
「なんだよもー、急に帰るんだから」
僕はパソコンを片付けると荷物を持って雪月の後を追いかけた。
「ただいまー」
雪月と分かれた後、僕はスーパーで醤油を買って家へと帰った。
「お兄ちゃんおかえり」
家に入って靴を脱いでいると、美碧がリビングからやって来た。
「はい、これ醤油」
「あ、ありがとー」
美碧は僕から醤油を受け取ると、なにか神妙な顔をした。
「どうした?」
「なんか……」
美碧は僕の首筋に鼻を近づけると、クンクンと匂いを嗅ぎ始めた。
「な、なんだ?」
「知らない女の匂いがする」
美碧の冷たい声が耳元で響いた。
「え? な、なんで?」
「お兄ちゃん、女に身体を触らせたでしょ?」
「え? そ、そういえば……」
僕は雪月に頭を撫でられたことを思い出して、ちょっと頬が熱くなった。
「……お兄ちゃん、やらしい!」
僕を汚れたものを見るような目で一瞥すると、美碧はリビングの中へと入っていった。
ただ、去り際に見えた美碧の目がまったく笑っていなかったのがちょっと怖かった。
「ええ……やっぱり妹はそんなに良いものじゃないぞ……」
妹属性はファンタジーだと、僕は改めて思い知るのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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もし評判がよければ続きを書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。




